luna
スリーピング・ビューティ
暗闇の中を歩いていた。光の見えないこの道は不快な騒音に満ちている。
『ガキが、何してやがる!』
『忌み子……』
『悪魔』
『気持ち悪い』
今までぶつけられた言葉が大量に過ぎ去っていく。ほとんどのひとたちは優しかった。けれど無法者たちは見るからに異端児だったオレを疎んじて蔑んだ。
母は早くに死んだ。父は誰かわからない。血縁はかなり年下の従弟ひとりだけ。
相棒と二人で、街のひとや従弟を守りながら毎日を必死に生きていた。
『自警団を作るべきだ』
そのコザァートの言葉に頷いたのが十四の時。それからオレは大空と呼ばれるようになった。何もかもを包容できるんじゃない――拒絶するのが怖いだけだ。
揺らめく白い炎が闇を照らし出す。
明かりに向かって急いだ足は、止まるしかなかった。
『ねえ、私を殺して……』
暗い瞳で、涙をこぼして願う少女。また、守れなかった。
「うああああっ――」
自らの悲鳴で目が覚めた。頬が涙で濡れ、喉がからからに渇いている。昨日の出来事はオレに予想以上のダメージを与えたらしい。こんな悪夢、久しぶりだ。
サイドテーブルに置いた水差しからグラスに一杯注いで飲み干す。まだ心臓はうるさく跳ねていた。正直なところ、かなり怠い。重い体をのろのろと動かし、ベッドから下りる。
手早く着替えて私室を後にした。まだ夢の余韻が残っている部屋に、長く居たくなかった。
その足で向かうのは彼女の部屋だ。きっと目覚めてはいないだろうが、どうしてかそばについていたくなった。贖罪でもしたいのか、それはわからないけれど。
少女は昨日と変わらず安定した寝息を立てている。安寧を得られている様子に少なからずほっとした。ベッドサイドに椅子を置き、腰を下ろす。
シーツからはみ出ている手をそうっと取ってみる。白くて細くて、何とも庇護欲をそそる手だ。
手の甲にゆっくりキスを落とした。
「本当は、おまえは夢の中にいる方が幸せかもしれないが…………もう一度、紫色の瞳を、見てみたいんだ」
起きるのは自分のタイミングでいいから、眠り姫にならずに目覚めてほしい。ディスフィオラーレからは守りきれなかったけれど、これからはどんなことからも守ってみせるから。
「癒しの炎に魅せられてしまったかな。本当にオレらしくもない」
一人の少女にここまで入れ込んでいる。小さく苦笑を浮かべてシーツを掛けなおし、部屋を後にした。
執務室にはたっぷり書類が溜まっている。この上まだアラウディから始末書が届くだろうから、今日のうちに出来るだけ片付けておかなければ。
ああ、ボスは面倒くさいことばかりだ。
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