luna
平穏は幻想
この教会で世話をしている子供たちは皆いい子に育っている。のびのびと、しかし甘やかすだけでなくしっかり叱りもする養育者に見守られ、心の傷を癒し、自らの人生を歩んでいくのだ。
オレとアラウディも子供たちに付き合って駆け回った。久しぶりにこんな風に遊んで、昔が少し懐かしくなる。
今が十分幸せだから、戻りたいとは思わないけれど。
日も暮れてアメティスタ手製の夕食をとった後、オレたちは食堂から居間に移り寛いでいた。彼女が笑って茶を淹れてくれる
「ジオ、アラウディ、お疲れさま。紅茶で良かったわよね?」
「ああ、ありがとうルナ」
「相変わらず美味しいね。そうだ、君の弟とナックルを見なかったけど、どこにいるの」
そう言えば彼女の弟がいなかった。印象的な葡萄色の瞳だからいればすぐにわかる。
アメティスタはああ、言ってなかったわねと笑った。
「あの子は友達の家にお泊まりで、ナックルは買い出しに行っているわ。もう少ししたら来るはずよ」
「そう」
「ナックルに用なのね。最近忙しないけれど、何か大きな抗争でも……?」
心配そうに眉を下げたアメティスタの頭をゆるゆると撫でてやり、語り掛ける。
「大丈夫だ、危なくなったならば必ずおまえも呼ぶから」
「必ずよ? 関係ないなんて言わないで、ジオの一番近くで守らせて」
「ああ」
ふとおかしくなって笑ったオレを見咎めた彼女がきゅうっと眉根を寄せた。オレはそれに手を振る。
「いや、おまえを笑ったのではなくて……オレを守ろうとしてくれる女性なんて今までいなかったからな。最初で、おそらく最後のひとがルナで、幸せだと思ったんだ」
「……ジオ」
はにかんだアメティスタの頬が少し上気して、それが可愛くて仕方ない。ハグして頬にキスを落とす。唇にもキスしたいところだがアラウディの険しい視線が恐ろしかった。
「ねえ、ジョット。それ以上は僕が認めないからね」
「わかってるさ。まったく、オレなんかよりよっぽど父親らしいな」
「僕は美しいものが好きだからね。ルナを陰らせるなら、ジョットにだって容赦しない」
「当たり前だな。厳しく頼むよ」
「……でも、ジオたちさえいてくれれば私はもう堕ちないわ」
それまではオレたちの戯言を聞いていたアメティスタは最高に美しく微笑んだ。
「だって、ボンゴレのみんなが家族でしょう? 大好きなひとたちのそばにいられるなら、大丈夫よ」
彼女の傷が完全に癒えたとは言えない。まだオレや守護者以外からのスキンシップは受け付けないし、教会から一歩出れば完全に表情が消える。それはまるで、自らを守るシェルターのよう。
しかし、オレたちの前ではかなり陰が和らぐのも確かだ。皮肉にも、彼女が嫌ったマフィアが、彼女のファミリーとして支えになっている。
「ボンゴレは他のマフィアとは違う、優しいファミリーだもの。そんなひとたちのそばにいて、堕ちることなんて出来るわけがないわ」
ふわふわと幸せそうなアメティスタを、アラウディと二人がかりで抱き締めた。一度砕かれた心は繊細に作られた硝子細工。硬く美しいけれど、何かのショックがあれば簡単に粉々になる。
そしてショックを与えられるとすれば、オレたちファミリーのことくらいだ。
オレたちに依存し縋るアメティスタの危うさを、改めて確認した。
彼女が笑ってくれるなら、その心が曇らずにいられるなら。本当はやめておこうと思っていたけれど、この後に控える大きな抗争の話を、彼女にも聞かせよう。
そしてオレの隣にいてもらおう、と思った。
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