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luna
聖女の"死"

 ◇ ◇ ◇

 ――ルナ。
 そう呟いてジョットが倒れた後、辺りは痛い程の静寂に包まれていた。
 それは彼を敬愛する守護者たちが怒り狂った結果か。彼らの瞳は怒りと憎しみにぎらついてはいたけれど、冷静に一人も洩らすことなく捕縛し、実行犯を始末する様は確かに不気味だった。

 しかし、そのせいではない。

 ジョットとアメティスタを包み込む真珠色の輝き。白を基調として虹色に揺らめく清らかな炎は、間違いなく聖女の癒しの炎だった。
 はらはらと無垢なる涙をあふれさせながら灯す姿と、真珠色と赤色に彩られて眠る姿は、ぞっとするくらいに美しく幽玄なもので、この静寂はさながら声すら出ないような感動から生まれたものと言っても過言ではない。

 無限にも感ぜられる静寂を破ったのは彼女の声だった。

「私からジオを奪うなんて、許さない」

 美しくも冷徹な声音で凛と言い放ったアメティスタは倒れ伏す男たちを睥睨し、おもむろにジョットを抱いたまま立ち上がった。黄みを増した炎が彼女らを包み込んでいる。

 誰も言葉を発せない中、砂利を踏みしめる音だけが響いた。胸や脳天を撃ち抜かれていたり、手錠でがんじがらめだったり、袈裟切りにされていたり、焦げていたり、血を吐いていたり、壊れたように呆けていたりする間を通っていく。
 彼女が足を止めたのは、既に虫の息の自分を殺すよう指図した男の手前だった。近くにいたアラウディにジョットを託し、その男の横にひざまずいた。

「あなたを、死なせはしない」

 アメティスタは淡々とした機械的な口調で告げ男の体に手をかざす。癒しの炎に炙られて、弱々しかった呼吸も落ち着きを取り戻し、うっすらと目を開くまでに回復していった。

 守護者たちは息を呑む。自分の命さえ奪おうとした者のはずだ。誰より憎い者のはずだ。そんな相手まで癒すのかと、静かに驚いていた。
 ランポウがぽつりと呟く。

「聖女……」
「違うわ」

 間を置かずに否定した彼女は守護者たちにゆっくりと振り向いて作り物めいた笑みを浮かべてみせた。嵌め込まれた宝石のような紫の瞳には何の感情も映ってはいない。

「コイツを生かしておかないと、私を狙うひとたちの情報が得られないでしょう? 殺すのはいつでも出来るけれど……全部搾り取ってからにしないとジオは報われない」

 その時が来れば、ジオと同じかそれ以上の苦しみで以て死んでもらうから。
 表情一つ動かすことなく、ひとを癒すその横で、当人を殺す話をさらりと言ってのけたアメティスタは、やはりどこか壊れているように思われた。

 彼女はまたふっと表情を消し人形のように恐ろしく整った、しかし生気を感じさせない顔で治療した男を見下した。陶器のように滑らかな白い手で男の手のひらを包み込む。

「ああ、でも――ジオを傷つけたこの指はいらない」

 言うが早いか、鮮烈な赤みを帯びた、けれど温度を感じない炎が男の指を焼いた。周囲は騒ついたが、それをかき消す程の男の醜い悲鳴が響き渡る。
 吹き出る鮮血。炎に焼かれた部分は皮膚が剥がれ痛ましい姿になっている。

「それは、オレの炎と同じ……!」

 思わず叫んだGに彼女はただ冷たく微笑んでみせ、動じることなく足にも手を伸ばし逃げられないようにした後、糸が切れたようにことりと倒れたのだった。





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