luna
やさしさに包まれたなら
彼女は起きていた。静かに暗い目をしてただ虚空を見つめていた。先程よぎった嫌な予感はこれだったのか。
最近は和らいでいた雰囲気がひやりと冷たい。嵐の前のように凪いでいる。
完全に光の消えた瞳が、ひた、とこちらを見据えた。
「……あなたは、神様だったの?」
「神様、」
「私を助けに来てくれたのは、金色の、神様だったの」
「まさか、あの時のことを思い出したのか」
はらはらと涙が頬を伝う。水晶のように透き通る雫は悲しみを凝縮して溢れださせた証拠だ。人形のような表情の抜け落ちた顔が痛ましい。
「やっぱり、あなたが神様……。あなたは私を見たのね。あの汚れも男たちも傷もすべてすべて見たのね」
少し青ざめた唇が硬い声で痛い言葉を紡ぐ。
「あなたは綺麗なの。すごく綺麗。私が近づいちゃいけないの。神様だから」
「何を言うんだ」
「ダメなのよ。だから、終わらせるわ」
彼女は何気ない仕草で手に取った水差しをおもむろに振り上げて叩き割る。そして鋭い破片を無造作に握り締めた。
その切っ先が喉に向いて、そして――
「ダメ、だ」
オレが、手のひらで包み込むように押し留めた。
無視できないくらいの痛みが走るが、彼女の命が助かるならそれくらいなんでもない。ぎりぎりと食い込む破片を押さえ、手を離させようともう片手で促した。
「何で、何で、何で! やめてよ、離して! 私はあなたに近づいていいような存在じゃないっ」
「何故だ。オレはおまえにそばにいてほしい」
「汚いもの! あなたが汚れてしまうわ!」
「汚れたなら、洗えばいいだろう!」
彼女の皮膚を必要以上に傷つけないよう注意しながらそっと引き剥がす。破片でえぐれた手のひらが痛々しい。
「こんな傷つくようなこと……お願いだから、しないでくれ」
「でも、だって、汚いもの……一生ついて回る汚れなら、死ななきゃ落ちないわ!」
初めて出会ったときのままの瞳。闇に呑まれ暗く濁っている。彼女の叫びがオレの昔の悲鳴と重なって聞こえた。
それなら、光で照らして、導いてあげよう。迷わぬように。
「なら、一度死ぬがいい」
熱くないように気を付けて彼女をオレの炎で包み込んだ。揺らめく橙色の向こうに惚けたような顔が見える。
「おまえは一度、炎で浄化される。これで汚れなど、気にするな」
「……綺麗に、なれるの」
「ああ。とても美しいよ」
「私、生きていて、いいの? 私のせいでたくさんのひとが死んだのに?」
「構わないさ」
ともすればコントロールを失いそうになる炎を必死で制御しながら微笑む。
「彼らの命は、おまえが生きることで背負えるのだから」
「本当……?」
「もちろん」
ゆっくりと炎を消して、そのまま血がつかないように抱きしめた。張り詰めていたものが切れたように身を預けてくる少女を支え、ベッドに寝かせてやる。
彼女はオレの手を取って涙した。
「ありがとう……そして、ごめんなさい」
「ゆっくり立ち直ればいい。おまえが負った傷は軽くないのだから。オレは癒すためなら何でもしよう」
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