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luna
すべてを抱く
 その後揉み合い疲れた彼女が再度眠りにつき、一度オレは部屋を出た。だいぶ衰弱しているから何か食べ物を用意させよう。後は風呂だ。汚いのなら洗えばいい。

 取り返せないものは命しかないのだから。

 ちょうど通りすがったメイドに食事の用意を言い付けてGのもとへ向かう。

「ボス、どうした?」
「彼女が目覚めた。しかし、死にたい、殺せとしか言わない」
「最悪だな」
「ああ。もっと早くに、救えていれば……」
「馬鹿、そんなこと考えんじゃねえ」

 べしっと頭を強めにはたかれた。Gなりの心配なのだろう。真摯な瞳は労るような色に染まっている。

「てめえはアイツをどう包み込むかだけ考えてろ」
「……そうだな、G。彼女の弟に伝えておいてくれ、姉に会うにはまだかかりそうだと」
「おう」

 時間はかかるけれど、必ず会わせてみせるから、と。そんな決意を忍ばせた一言を、Gは笑って言付かってくれた。

 元いた部屋にまた戻る。ノックの返事は相変わらずない。少しためらってからドアを開けた。彼女はまだ眠っている。眉間に皺を寄せうつ伏せのままうなされて、夢見はものすごく悪そうだ。

 さらさらとした髪をいつものように撫でて宥めた。撫でるたびに眉間の皺が消えて呻き声が小さくなっていく。

「なあ、オレはおまえに生きていてほしい。とても美しいおまえが汚れた故に死ぬなど我慢ならないんだ」

 ぽろりと一粒、涙がこぼれ落ちた。哀れみではない。同情と言えば同情だが、自分に投影してしまったからの涙だ。
 誰も助けてくれない絶望も、汚れた目で見つめられる苦しみも、義務感を足手まといに思うのも。すべて理解できる。

「オレはおまえのように汚されはしなかったけれど、確かに同じ思いをしてきたよ」

 だからだ。言ってしまえば甘えにも似ている、傷つき引き裂かれた心を、救いたいと思うのは。

 ゆるゆると撫で続けていれば、彼女の瞳がまたぼんやり揺らめいた。

「おはよう」
「…………っ!」
「オレは誓って何もしないさ。おいで、食事にしよう。それとも風呂がいいか? 用意はさせてある。好きな方を選べ」
「何で、」
「オレがしたいからだ。死ぬにしても食事を無駄にはできまい、行こう」

 瞳はまだ絶望に染まっていたけれど、それでも驚いたときの色は美しかった。ふらつく体を支え、あまり過度の接触をしないように気を付けながら食堂までエスコートする。
 テーブルの上には完璧に用意がなされていた。

「……」
「全部おまえの分だから、好きなだけ食べなさい。力が入らないなら食べさせてやるが」

 色付いた唇は物言いたげに動いていたけれど結局何も言わずに引き締められた。オレはスプーンでリゾットを掬い上げ、彼女の口元へ運ぶ。

「ほら」

 下からゆっくりと差し出して唇に触れた瞬間、彼女の瞳が恐怖に染まってスプーンを撥ね付けた。反射的な行動だったのだろう。自身も戸惑っている。

「あ……」
「大丈夫だ。考えなしだったな、まだオレが怖いのを見落としていた。外で待っているから、ここでゆっくり食べていろ」
「え、」
「心配するな。独りにはさせないから」

 しっかり目線をあわせてふわりと微笑んだ。彼女は惚けたようにこちらを見つめている。安心させるために頭を撫でた。抵抗はされない。オレはますます笑みを深くした。

「じゃあ、また後で。ちゃんと食べるんだぞ」

 そう言い残して食堂を出た後は、ドア一枚隔てた位置で待機だ。





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