luna
涙の叫び
ディスフィオラーレの殱滅から丸三日、彼女は未だ目を覚まさない。時折うなされるのを毎回宥めてやるために睡眠以外はほぼそばに付いているが、起きる前兆は見当たらなかった。
「もう、目覚めたくないか……?」
頬に手を当てて囁いた。彼女にとってこの世界はもう意味を持たないものだろうか。殺してほしいと願ったくらいだ、それもまた当然なんだろう。
でもオレは目覚めてほしい。堅く閉ざされて開かない紫の瞳。虚ろな色でなく輝きで満たされたなら、どれだけ美しいだろうか。
初めて見た瞬間から、もう一度見たいと願っていたのだ。
「おまえが目覚めなければずっとそばにいられる……そうも思ってしまうが、でもやはり起きてほしい。心を救いたいんだ」
祈るように目を閉じる。ひやりとした頬の下に感じる体温。なだらかなカーブを描く胸の下ではしっかりと心臓が脈動しているのだろう。緩やかな呼吸も聞こえる。
彼女は確かに生きている。けれど精神は死にかけているのかもしれない。だから目覚めないのかもしれない、と。オレは不安になるのだ。
救えないまま、失うのかもしれない。
「弟も、オレも、アラウディも、守護者たちも皆、おまえの目覚めを待っているんだ」
だから呼び掛ける。呼び掛けて繋ぎ止める。彼女が消えないように。
「だから、目覚めてくれ」
ぎゅう、と手を握ったとき、ぴくり、と睫毛が微かに震えた。バラの花弁のような唇が少しだけ開いて呻きを漏らす。ここに連れてきて初めて、彼女が目覚める素振りを見せた。
昂揚にも焦燥にも似た胸の高鳴り。ざわざわと騒ぐ心を抑えるために誰かひとを呼ぼうとすれば、繋いだ手がぎゅうっと握られる。
オレはこの手を離せない。仕方なく一人で目覚めを待つことにした。
いよいよ彼女の身じろぎが大きくなってきた。頬に濃く陰影を落としていた睫毛が持ち上がって、うっすら張った涙できらきらと輝く紫の目が現れる。
ぱちぱちと瞬いてゆっくり辺りを見渡す彼女はまだぼんやりとしているようだった。
視線が握られた手に落ち、それから辿るようにこちらを向く。できるだけ優しく微笑みかけてみる。
「起きたか」
「ここは……?」
「ボンゴレの屋敷だ。おまえは保護された」
「ああ……!」
ほわほわとゆるんだ顔つきが一変して絶望に彩られる。すべてを思い出してしまったのだろう。
「嫌……殺して、お願い、もういいでしょ? 殺して」
「何を、」
「嫌なの、汚い!」
殺して、汚い、嫌、とだけ繰り返す彼女の瞳は虚ろに曇り、はらはらと涙を零す。手は無意識にか自分の肌を掻きむしって傷つけていく。慌てて手を押さえても弱々しく抵抗して止めようとしない。
痛々しく腫れ上がってめくれた皮膚が彼女の痛みの一部を表しているようで胸が痛くなった。
「おまえが死ぬことを望んでいる奴は誰もいない!」
「だからどうだって言うのよ! 私は死にたいの、汚くて嫌なの! もう、終わりにさせて」
涙ながらに絶叫する少女は痛々しくてならない。抱きしめて押さえようにも逆効果になるのではと思うとできない。
「弟はいいのか?」
「あの子は……っあの子は、誰か助けてくれるわ! ディスフィオラーレがなくなったなら、もう大丈夫よ……」
「家族は大事だぞ」
「嫌なの、こんな私を見せたくない、汚いもの!」
何を言っても通じない。彼女は自分が汚いのだと……もう汚れてしまったのだと、そう思い込んでいる。あの下衆どもに触れられた体が忌まわしくて仕方ないのだろう。
こんなに、綺麗な心を持っているというのに。
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