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「すいません石間さん」

目の前のドアを叩く。こんこん、と音が鳴るが、一向に中からの返事がない。
留守なのか、そう思いながらもう一度ドアを叩くと、隣のドアが開いた。

「あれ、見ない顔だねぇ。石ちゃんの友達?」

少しだけ開いたドアから、覗くようにこちらを見る顔は40代くらいの女の人だった。
ん?とおばさんは優しそうな顔を傾ける。石ちゃん、とは多分石間さんのことだろう。
てか石ちゃんって。そこ取っちゃうんだ。まあまーちゃんとかでもおかしいと思うけど。

「いや、昨日からそこに引っ越してきたもので」

石間さんの隣のドアを指してそういうと、おばさんはあら!と言って出てきた。
起きたばかりだったのか、いかにも寝るときに着そうな服のままだ。
そしてただ突っ立ている俺におばさんは笑いかけながらこう言った。

「石ちゃんねぇ、昨日彼氏さんが来てたから多分彼氏さんのところに居るのよ」

マジか。それはもうお熱い夜を過ごしたんでしょうな。
なんて言葉が頭に浮かんだ。だけどそれをおばさんに言うわけにはいかない。

「あぁ……そう、なんですか。じゃあ明日にします」

これ渡すの、と言って手に持っているタオルの入った袋を揺らす。
よし、変なこと言わなかったよな。

なんだか一刻も早くこの場から離れなければならないという思いに駆られて体の向きを変えると、腕をつかまれた。
え、なになになんなの。帰っちゃダメなの。
腕をつかまれたことにより動けなくなった俺の手に、くしゃっとしたものが当たった。
音からしてビニールに包まれた何かなのはわかる。手のひらに収まるくらいで、大きなものではない。

「きっとそれがないと耐えられないから!」

そう言ってにっこりとおばさんは笑うと部屋に帰ってしまった。
ばたんとドアが閉められてから、手のひらのものを確認する。

「……はぁ?」

くしゃりと歪んだビニールに包まれていたのは、黄色い耳栓だった。
きっとこれがないと耐えられない?そんなに石間さんはうるさいのか。
いやあまりうるさくなくても、このアパートは壁が薄くて生活音が聞こえてしまうくらいだから……、いや。
そんなことを考えている場合ではない。俺はさっさとタオルと耳栓を自分の部屋に放って大学へと向かった。
途中、階段で金髪のお兄さんに睨まれて怖かったが、とりあえず気にしないことにした。





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