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わたし⇔あなた シズたん≫由貴様へ




ナナシと静雄は互いに社会人なので、日中に会う機会は多くはない。すると必然的に会うのは日が沈んでからになり、今も暗い空の下で二人は公園のベンチに腰かけていた。静雄は煙草を銜えてどこか遠くを見ていて、ナナシは真上を、空を見ている。
彼女は誰に言うでもなく、静雄に言うでもなく、ただ独り言のように小さな声で言葉を紡いだ。


「わたし、こうやって空を見てると思う。このまま誰の手も届かない、誰も知らないようなどこか遠くに行って、そのまま帰ってこなかったらどうなるのかなーって」


大人が言うにはあまりに子供染みた独白。静雄の唇の間から吐き出された白煙が空に昇り、それをまた子供のように指でかき回して遊ぶナナシ。白い煙は揺らめいて、風に浚われどこかへ消えて行った。
暫くナナシがそうしていると、隣から痛いくらいに、穴が空きそうなほどに見つめられていることに気づく。その視線は静雄のものだと考えなくてもすぐに分かる、隣にいるのは彼だけなのだから。
静雄は携帯灰皿に煙草を押しこんで、真っ直ぐな目でナナシを見詰めた。


「ナナシ」

「うん?どうしたの、シズ」

「どこに行くのもお前の自由だ。けどな、帰ってくる場所はちゃんとここにあんだろ」


そう言って、静雄はぽんぽんと自分の膝の上を叩く。ぱちくり、目をまあるくしてナナシは呆けていたが、やがて堰を切ったように小さく笑いだした。今度は静雄が目を丸くする番だった。ただ笑われるだけだったなら気の長くない静雄も怒ったのかもしれないが、彼女は笑いながら頷いて、それから腰を上げて静雄の膝の間に座った。これでは怒るわけにはいかないだろう、開きかけていた口は咄嗟に閉じられる。

まさかこの場でそんな行動に出るとは思わず、静雄は軽く戸惑い、おずおずとナナシの首に腕を回し緩い力で抱きしめる。彼女の冷たい手が、静雄の手に触れた。


「そうだね、わたしにはシズがいるもんね。だったら絶対帰ってくるよ。じゃないと、シズの食生活が大変なことになっちゃう」

「んだよ、それ」

「だってシズってば放っておくとインスタントとかそういうものばかりじゃない。体に悪いよ」

「別に大したことねぇって」


少し拗ねたようにして、静雄はきゅっと先刻よりも強く抱きしめる。もっと力を入れないのは、そうすればナナシを壊してしまうかもしれないからで、そのことをナナシ自身も知っている。静雄は優しいからこそ、全力で彼女に接したりしないのだと。
そう、静雄はとても優しい人間だ。ただ、周囲の人間がそのことに気付かないだけで。目を逸らしてしまうだけで。どうしてみんな気付かないのだろうとナナシは考えたけれど、誰もが気付いてしまったら静雄を一人占め出来なくなってしまうだろうから今のままでもいいやとひとりごちた。


「じゃあさ、わたしがどっかに行かないように、静雄が手を繋いでいてくれる?」

「当り前だろ」


彼は即答して、後ろからナナシの耳たぶに唇を落とす。擽ったそうに身を捩り、ナナシはころころと笑った。つられて静雄もふっと笑う。


「ずっと、ずっと一緒だ、ナナシ」

「約束だからね、」


向かい合って座れば熱っぽい視線と視線が出会い、絡み合い、互いの吐息すらも間近に感じられ、そして。

どちらともなく唇と唇とが近づいて、触れて、重なった。
ぴたりとくっついた胸からは二人分の心音、呼吸、温かさ、それから、色々。二人が生きて、傍にいて触れ合っているという証がそこら中に転がっているかのようにすら思えてならなかった。







(おれ⇔おまえ)






(今、こうして一緒にいられること)
(明日、また笑顔を交わせること)
(わたしたちがここにいて、生きている証)



fin.
09.0821.
由貴様へ



あきゅろす。
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