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エロスの矢で誤射されたらしいです ろっちー≫由貴へ





ろっちー、っていう人がいる
彼は埼玉で「To羅丸」というどっかで聞いたことのある名前の暴走族だか何だかのリーダーで
ものすっごく女好きで、デートする時は彼と、女性複数相手らしく

最後の情報を聞いた時、私の「デート」に関する概念は見事に瓦解した



「うん、そういう人なんだね、帽子被ってるあのお兄さんは」



夕暮れ、何気なく公園のブランコで揺られているとストローハットを被った少し年上っぽいお兄さんが目に入って
普段ならすぐに目を逸らして終わりなんだけど、偶然隣やら後ろにいる複数の、楽しそうな女の人たちが見えて
その中に、「ろっちー」の彼女の「一人」である友達の姿が混ざっていることもあって、あのお兄さんが「ろっちー」であることを確信した
彼の複数デートを目撃するのは初めてだったので、聞いた時よりもさらにデートの概念は崩れ、後も残らなく砂塵と化した

どうせなら写真でも撮って記念に残しておきたいけど、何でもあの人暴走族のリーダーだっていうじゃないか
そんな人に因縁をつけられたら間違いなく私は即死するだろうと思ったので、このまま見過ごすことにしようと思う
というわけで私はブランコをこいで、勢いをつける

上下に流れる視界の中、「ろっちー」は手を振って女の人たちと別れた
あれ、別れちゃうんだ、まだ夕暮れ時なのに
これからまだ遊ぶんだと思っていた私は少し驚いて、だけどブランコで高く舞い上がる
「ろっちー」は位置関係が丁度視界に入って、ちょっとデレデレした顔のまま伸びと欠伸をしていた
友達の話によると彼は本当に女の子が好きで女だったら誰でもいいというフシがあるということだ
別れ際のその友人もデレデレした顔で、私の存在に微塵も気づかないままどこかへ行ってしまった、恋は盲目ってこのことだろうか

というか恋って何だろう、複数相手に成り立つんですか

などと考えていると「ろっちー」は顔を引き締めて、こちらの方向へ歩いてくる

きっと帰り道がこっちで、この公園通り抜けると近いとかそんななんだろうなぁ

「ろっちー」は公園を通り抜ける、ではなく、ブランコの傍に来て、柵に腰かけた

ああ、携帯出してるし弄るのかな、さっそく女の子にメールとか



「お嬢さん、突然で悪いけどメアド教えてくれない?」



流石「ろっちー」だ、メールどころか早速ナンパを始めるだなんてレベルが違う、先刻女の人たちと別れたばかりなのに
私は感心しながらブランコをこぐ、比較的近くにいる「ろっちー」は上下に流れる、私の動体視力が確かなら彼はこっちを見ている
あれ、そう言えばこの公園私以外誰もいないはずなのに、一体誰をナンパ対象としているんだろう、この人



「お嬢さん、聞いてるー?もしかして無視されちゃった感じかな、俺、出直す?」



彼は帽子のつばを上げて、その目はしっかり私を見ていて、私は面喰って「私ですか?」と零す
すると「ろっちー」はうんと言って頷くものだから、私は慌てて上げていた足を地面につけてブランコを止めようとした

ずざざ、ずざ、ずざざざ、ずざぁっ


「うぁっ!?」


けど、とっても運の悪いことにちょうどそこに石があって、私の踵が引っ掛かって、バランスを崩して後ろに倒れていく
ブランコに乗ってる時よりも速く早く景色が流れて、あれ、空が遠くなっていく、そんな錯覚に捕らわれた
何だか「ろっちー」の存在を気にしている余裕もなくなって、一瞬後に来るだろう後頭部への衝撃に備えて堅く目を瞑る
本当に一瞬のはずなのに、私の頭の中では、もしかしたら死んじゃうかも、だなんて考える時間があった



ああ、さよなら私!





「大丈夫ですか、お嬢さん」



一瞬のさよならの後、聞こえたのは「ろっちー」の声
初めて意識した、こんな声だったのか、と思ったら間近で聞こえたことを理解、あれ、何で、あれ?
目を開くと、すぐ目の前に「ろっちー」がいて、その向こうでは彼の帽子すれすれで振り子運動を続けるブランコ、うわ、危ない



「あー、やっぱ女の子って柔らかい」



そんな変態染みた「ろっちー」の台詞で改めて理解した
私は座りながら、真正面からこの人に、抱き締められている
咄嗟のことで暴れようとしたけど、よく見たらスライディングしたっぽい跡が見えて、あ、私のこと助けてくれたんだ



「な、なんで、「ろっちー」」

「え、俺のこと知ってるの、お嬢さん?何で何で?」

「ええと、友達があなたの彼女で…」



俺のカッコイイ自己紹介プランが崩れた、とか何とか嘆いてみせるこの人は、いつまで経っても私を離さない
むしろ最初より強い力で抱きしめてる「ろっちー」は数秒唸った後、意を決したように口を開いた



「俺は、六条千景っていうんだ。よければお嬢さんのお名前を教えてくれないか?」

「ぁ……、ナナシ、です、六条さん」


初めて聞いた「ろっちー」の本当の名前は、ろっちーという響きよりも何かいい感じに馴染んだ
けど当の本人はまあるく目を開いて、口をへの字に結んでいる



「あの、ろっちーって呼んでくれないかな、ナナシちゃん」

「え、じゃあ、千景さんで」

「ナナシちゃんって頑固?」


割と言われます、と答えれば六条さん、もとい千景さんは苦笑する
それで、何で私に声をかけてきたのか、と尋ねれば、彼はにっこりと、今までに何人もの女性を虜にしたであろう笑顔を浮かべた
どことなく子供っぽいそれは魅力的で不覚にも私までどきっとしてしまう、何だこれは



「一目惚れ、って言ったら信じるか?」

「どうかな、千景さん軽い人だし」

「軽いからこそ女の子を何人だって、いや、全員でも好きになれる!」

「私、一途な人が好きなんです」


ごめんなさい、と付け足したら、どうしてか千景さんは固まった
あれ、こうやって振られたことはきっと何度もあると思うんだけど、どうなんだろう
ついでに腕も固まったので抜け出して、振り子運動も止まりかけたブランコの脇に置いてある鞄を掴んで帰ろうとした

でも、突然伸びてきた腕が私の腕を強く掴んで、引き寄せられて
先程までよりも低く鋭い声が、耳に突き刺さるようにして鼓膜を揺らした




「俺、ナナシのこと諦めねぇから。どんだけ時間かかっても、絶対俺のこと好きにさせてみせる。だから、覚悟しとけよ」




心臓が大きく跳ね上がる、解放された腕をよしとして、私は全速力で走り去った
気のせいだ、細められた目と真剣な声が相重なって格好良く見えただなんて、うん、気の所為だよ
だって私は一途な人が好き、その人の特別になりたいんだから、あんないきなり呼び捨てで呼んでくるような軟派な人は対象外なんだってば


違うんだ、こんな気持ち私のものじゃなくて、たとえば、そう、遠くからあいつに射抜かれたんだ
神様に対してあいつって、私はかなり罰あたりだけど、そんな迷惑なことしてくれる神様はあいつでいいと思います!


(どうやら私―――、)







エロスの矢で誤射されたらしいです







(「やぁ、昨日ぶりナナシ。早速だけど俺とお茶しない?」)


(次の日から千景さんは私の行く先々に現れました)
(しかも、何故か、女の人を引き連れずに、一人のまま)

(勘違いしちゃいますよ?)



fin.
09.0728.
由貴へ誕生日記念!



あきゅろす。
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