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ぐるぐる、ぐらぐら ≫企画提出作品



ぐるぐるする

  ぐらぐらする


視界に映っているものが何か分からない。本当に見えているのか見えていないのかもわからない。ただ頭の中が掻き乱されてぐるぐる、目に見えるもの全部が揺れて見えてぐらぐら。私の心臓が動いているのかも、私が呼吸しているのかも、よくわからない状態。何でこんなことになったのかも思い出せない。けれど自分がこんな状態で、どうして誰も助けてくれないのかは何故かよくわかる。だってここは最下層、「島」で最も下にある、最低の人間が集まる場所。つまり、私も最低な人間ってわけだ。何だか笑えてきて、だけど実際にそんな気力がないから少しだけ呼気を揺らすに留まった。
そんな今にも事切れそうなくらいぼろっぼろの私を、見降ろす影が一つ。こちらの様子を窺っているようで、きっと私が死ぬのを待ってるんだろう。死んだら身包み剥がされたり、でも、もしかしたら生きているうちに私を運ぼうとしているのかも。死にかけでも、臓器はまだ動いているはずだから。
だけどその人影は私を見下ろしたまま動かない。もしかしたらこれは死神なんじゃないかな、とか常識はずれなことを考え始める頃、薄暗さと私の無気力さでピントが合わないその人影はやっと口を開いた。


「お前、生きてる?なぁ、俺が助けてやろっか」


何を言ってるんだろう、こいつ。この島で人助けをしようだなんて考える人間は、他人を利用しようとしているか、それか、よっぽどの馬鹿だけだ。さぁ、目の前のこいつはどっちだろう。声音から男だということが分かる、だけどそれ以外は分からない。分からないのでは答えようがない。
私がずっと答えないでいると、こちらを見下ろしていた男は、膝を折ってすぐ傍に腰を下ろす。俗に言うヤンキー座りのような形で。その男の顔立ちは嫌でも私の視界に飛び込んできて、一瞬信じられなかった。彼の頭は七色、そう、虹色に染め上げられていて、瞳は左右で色が違い赤と青、挙句の果てにはピアスの代わりとでもいうかのように、両耳には安全ピンが刺さっていた。ふざけているとしか思えない容姿をしたこの男の存在は、どこか現実離れしているように思えてならない。というか現実にありえるとは思ってもみなかった。


  ぐるぐるする

ぐらぐらする


ぐるぐる、ぐらぐら、ぐわんぐわん。警鐘のようにも聞こえる耳鳴りと揺れる視界の中、虹頭の男が身動ぎした。
手をこちらに伸ばして、武骨で大きな右手で私の目を覆い隠して。真黒になって何も見えなくなってそんな中、脳を支配したのはその男の声。
ねぇ、あなたは誰なの。何で私に構うの。他の人がそうするように、放っておけばいいのにどうして。そう問いかけたくても声が出ない。彼の言葉を遮ることは許されない。


「俺が助けてやるよ。見返りなんていらない、ちょっと俺の名前を覚えてくれればそれでいいぜ」


拍子抜けするような交換条件は彼にとってハイリスクローリターン、私にしてみればローリスクハイリターン。何なんだろうこのもの好きは。彼の掌の下で目を閉じてまどろんでしまいそうになっていたけれど、そんな疑問に急速に意識が引き上げられていく。それに伴い、心に芽生える「生きたい」という気持ち。

何も見えない中、彼がにやりと笑みを浮かべたような気がした。


「そっか、生きたいか。じゃあ交渉成立ってことで、俺の名は戌井隼人。いずれこの島を自由都市っぽくしてやろうと企む悪人さ」


先刻の私の気持ちはどうやら声に出ていたらしく、イヌイハヤトと名乗った男は面白おかしく自己紹介をしてみせた。彼は外見だけでなく、内面もふざけている。ぐるぐるする頭に溶け入っていくその言葉はどんどん私を蝕んで、益々視界はぐらぐらと揺れていく。ああ駄目だ、何だか壊れそうだ。
戌井隼人は私の眼の上から手をどけて、何やら悪どい笑みを浮かべる。そして立ち上がると、私に向って手を差し伸べてきた。―――そういうことか、最終決定だけは私にさせるのだと。

ぐるぐるぐらぐら、揺れる頭でただ一つ理解できたこと。こいつ、助けるという割には、酷い男だ。最後まで私に選択権を残すだなんて。



「さ、お嬢さん。お手をどうぞ?」



にやりと笑い手を伸べる彼は、私を助けてくれる救世主にしてはあまりに悪役染みて見え、酷く滑稽に思えた。しかしそれに共鳴してか、私の口元も緩く弧を描いて、そして。













(定まらない世界の中、私の手はまるで別の生き物のように動いて彼の手を取る)
(視界は相変わらずの調子で、その時あいつがどんな表情をしていたか見えなかったけれど)
(握られた手は、私を最下層から引き上げるには十分な力が込められていた)




fin.
09.0819.
祝砲を一発様へ提出作品



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