3 「あ、いやその…っ、」 あんなに意気込んだくせにいざ本人を目の前にすると、声が震える。 それを訝る様に見つめてくる瞳に慌てる。 「ぼっぼ僕のことっ、覚えていますか…!」 目線に堪えることが出来ず、半ば投げ遣りに、悲願するように問いかけた。 結果は、僕にとって残酷なものだった。 『…知らない。』 綺麗だと思った瞳に僕は映っていなくて、どうしようもなく泣きたくなった。 「、っく…、ひっ、く…っ、」 「よしよーし。大丈夫だからね〜。」 ひっきりなしに吃逆が出る。 頭を撫でる手がなんとも心地良いから尚更だ。 名前も知らない相手に安心してどうする。 「ゔぅ…、」 「はーい、鼻かんでー。」 ティッシュを鼻に押しつけられた。 やっと泣き止んだ、と笑う目の前の男は…くそっ、イケてるメンズだ。 「…というか今更だけど、君名前は…?」 「ん?…あぁ、名前か。その内分かるよ。」 「え、ちょっと!」 腕を引っ張られ、無理矢理立たされた。 ぐいぐい引っ張られながら、その内って何時だよ!と心の中で叫んだ。 「彼に見覚えないんだ?」 『……聞いてたの、マスター。』 「聞こえたんだよ、零。」 マスターがにこりと微笑む。 嘘だ。絶対態とだったくせに…。 「んで?どーなの?」 『知らない。』 「へぇ、そう。じゃあ早く帰ろう。」 差し出された右手。 その手を躊躇なく取った。 *前次# |