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嗤う男


ばきり、音がした。
殴られた男は目の前に立つ男を眺めているだけでなすがままだ。胸倉をつかまれもう一発殴られる。けほ、と小さく噎せその衝撃に尻餅をついた。緩慢な動きで床に散った鼻血を一瞥した彼はそれでもまだ抵抗する気はないようだった。ただじっと、男の怒りが終息するのを待っている。

「なぁ、お前、なんで約束破ったの」

冷たい声にひくりと男の肩が動いた。たとえ謝ったところでこの目の前に立つ狂暴な男の機嫌がなおるとは到底思えなかったし、そんな謝罪の言葉などこの男は意にも介さないだろう。それでもそう問われればすまないと返すよりほかないようで彼は真っすぐに男を見据えたまま何度もすまないと繰り返した。土方は、決して銀時から逃げようとはしない。

「答えになってねーよ」

容赦のない蹴りが腹部に入り盛大に土方は噎せた。げほげほと呼吸が落ち着かない彼の上に跨がりそのまま殴り続ける。

「お前さぁ、ほんと何やってんの」
「ッ、がッ、あ、さかっ、ッ!」
「くだらねぇモン付けてくんじゃねぇよ」

がつがつと骨がぶつかる音がする。なすがままに暴行を受けている男の口の中に血が溜まっているのがこちらからでも見て取れてはっとする。まずいかもしれない。

「さかっ、わりッ、、ッ!」
「黙れ」

銀時の節くれだった掌が土方の口を塞ぐ。みしりと音がしそうなほど強く掴まれ彼はそれ以上言葉を紡ぐことは適わなかった。銀時は変わらず顔面を殴っていてその目は普段の赤とはまるで違い燃えるように彩られていた。血走っている。打たれるたびに揺れる身体がそれとは別に震えはじめたのを見てさすがにまずいと思った。

「その辺にしとけ、銀時」

強烈な右が土方の顔に触れる前にぱしりと腕を止める。

「…邪魔すんな」

はあはあとこちらも興奮に肩を揺らしながら睨み付けてきたが構っていられない。

「死ぬぞ」

流れ続ける鼻血が土方の呼吸を奪っている。隙間なく口を塞いでいる掌を確認してようやく理解したようだった。

「!ッ、がッ!げほっ、げほッ…ごほッ、げぇッ、ッ!」

躊躇いなく手を離されれば勢いよく入り込んできた空気に土方は激しく咳き込んだ。ぜーぜーと身体を丸めながら呼吸を戻そうとしている男を待つわけもなく、こちらに背を向けて座り込んでいる土方の髪を引っ張りやはり興奮しきった様子で銀時は告げた。

「お前は?」

力のない身体はなすがままで、髪を引かれこちらを向かされた土方の顔はぐちゃぐちゃでとても見れたものではなかったが、なぜだか目が合った瞬間穏やかにゆるりと笑ったものだから反応が遅れてしまった。

「いや、…遠慮する」

そうかと短い返答のあと、銀時は髪を掴んだままずるずると土方を引きずって寝室の方へ消えて行った。ぱたぱたと床を彩る赤を見て何もしてやれない己を情けなく思い、歪に口の端を曲げた。


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捕物の際、不注意で傷をつくってしまった土方。
20091109

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