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その男、手練れにつき


いつもの帰り道のことだった。途中のコンビニへ切れていた煙草と、ついでにイチゴ牛乳やお菓子やなんやと買い込んで店を出れば背後からいきなり抱き込まれた。慌てて腰の物に手をかければがちりとその上抑えられひやりと汗をかくが、目の端にちらちらと写る赤い羽織り物を見てほっと息を吐く。馴染みある匂いがした。甘い匂い。坂田のそれとは違い、いかにも女受けしそうな甘ったるい、しかし嫌味のないこの男にひどく似合った香り。

「……坂本」

ぽつりともらせばきつく抱きしめていた拘束を解き、ゆるりとこちらを向かされた。

「久しぶりじゃのー、元気にしとったか?」

にかりとこの男独特の邪気のない笑みを見て、ようやく緊張が解けていくようだった。

「見てのとおり、元気だよ」
「相変わらず別嬪さんじゃの、わしに鞍替えせんか」

べたべたと身体を触わる腕を引いて断ると告げながら、道の端に寄る。良い意味でも悪い意味でも、とにかくこの男は目立つからだ。アンタも元気そうで何よりだとつられて自分も口角があがった。坂本辰馬、坂田の旧友。あの中でただ一人職業を語れる男でまともな肩書きを持つ唯一の男。アイツらも少しは見習えばいいのにと思う、ややスキンシップ過多なのが気になるところだけれど。

「またずいぶんといきなりだったな、どれくらいこっちにいるんだ?」

坂本はそうそう長居は出来ない。忙しく宇宙を飛び回り仕事をするので腰を落ち着かせることはまずないのだ。だいたい、いつもは二、三日、長くて一週間になるかならないかという滞在日数だ。今回はどれくらいこちらで過ごすのだろう(来たところでどうせ毎晩飲み歩くのだろうが)と考えていれば、ふわりと、この大柄な男にしてはめずらしい笑みを返された。いつもの騒がしい様子ではなくやわらかく口許を曲げたそれだ。大きな手が頭を撫でる。

「いや、今日は寄っていかん」
「…」
「仕事の途中でな、通り道じゃったからちっくと来てみただけなんじゃ」

あははといつもの馬鹿笑いをひとつ、それからやっぱりゆるりと笑って頭から手を離す。とんとんと、降りてきた指先が肩を叩いてドキリとした。

「おんしの顔が見たかったんじゃ」

やさしく触れた場所は以前坂田に愛されたところだ。ようやく皮が張ったそこはまだ刺激に弱く、薄い表面がひくりと波打つ。まさか離れていた男がこの跡を知ってるはずはないのだが、確かめるように触れられればなんだか落ち着かない。

「すぐまたターミナルに戻らないかんのじゃが、ここで張っとって正解じゃった」

ふわりと、甘い匂いが香れば距離を詰められた。肩口の手はスカーフの上から首筋にそって置かれ、幾分背の高い坂本の方へ向かされる。慣れた手つき、仕草、あまく響く言葉。女ならばくらりとくるのだろう。

「大変じゃろうが、面倒見てやってくれの」
「え、」
「もうしばらくしたら時間ができるんじゃ、それまで待っとってくれ」

ちゅ、鼻の頂にキスを一つ落とされた。

「おいっ…!」

思わず引き剥がせば、いつもの大口で笑われた。寒さで赤くなっとったと言われ別の意味で赤くなる。

「恥ずかしいやつ…」

嘆けばにこりと笑って、今日は会えてよかったと一方的に告げ足早にターミナルへ戻っていった。時間がないのは本当だったようで(彼の仕事を考えれば当たり前なのだが)、顔を見にくるためだけにこちらへ寄るなど、わざわざ手間のかかる事をすることもないだろうにと苦笑した。世話しない、しかし坂本らしい思いがけない逢瀬になんだかなぁと笑い、自分もまた帰り道を歩き出した。


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どんなに忙しくても手は出す男、それが坂本。
20091204

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