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今宵、夢の中で


なかなかどうして、世の中うまくはいかないもので。そんなことは日々の生活で嫌というほど知っているというのにほんの些細な願いも叶わぬとなるとこれはもう己の不徳を恨むほかない。人前に堂々と面を晒せる身分ではない、世間様からはだいぶと疎まれている。それでも、まぁ、自分の心に恥じないようにはしているし、何よりこの性分や本懐を譲る気はないのだから仕方がないのだけれど。


(顔、見たかったな)


二週間と少しばかり江戸を離れ、こちらに帰ってきたのはすっかり夜の帳につつまれた頃。なんだかこの玄関も懐かしいなとカラリと戸口を滑らせれば、いつもそこにあるはずの革靴がなくて顔には出さないにしろ落胆した。そのまま部屋へ行けばすっかり出来上がった長髪とそのペットが出迎えた。聞けば銀時は事務所泊りでお目当ての彼は夜勤だと言う。仕事ならば仕方がない。が、やはり残念だった。別段用があるわけではない。そもそも話す話題もないのだ。ただなんだかそれでも顔だけは見ておきたいと思った。理由など知らぬ。

酔っ払いを相手にするのはもちろん、酒を呑むような気分でもなくて。とにかく休もうとさっさと居間をあとにした。

布団の上ごろりと横になる。なんだかここにきてどっと疲れが出た。重いため息だ。力が入らない。まだまだ寝るには早い時間だが身体は動くことを拒んでいる。

(顔、見たかったんだ)

仕事に勤しんでいる彼を思った。真面目な彼は根を詰めて励んでいることだろう。あぁこの二週間と少し、大事なかったろうか。疲れで鈍った頭は彼のことばかり思い出させた。

(…会いたかったんだ)

天井を眺めているのにも飽きて目を閉じた。

思えばあちらへ戻っている頃、ふとしたときに頭を過ぎるのは土方だった。これは良くない傾向である。あまり深入りすべき相手ではなかった。なんてことなかったはずだ、彼は。男で、少しばかり整った容姿で。幕府に仕えていて動き回るのに邪魔な存在で。しかしこのダラダラと続く腐れ縁の中に入ってきてしまった、何より銀時の、女で。

(そうだ)

それがいけなかった。あのキチガイじみた男に惚れている彼はいっそ驚嘆に値するほど献身的で何をされても離れないものだから。


情が、移ったというのか。


「くくっ」

つまらない理由だ。もっとこう、胸が焦れるような熱情に動かされてもいいだろうに。しかし元来自分は色恋に熱くなったことはないから仕方のないことかもしれなかった。

(会いてぇな…)

あの艶やかな黒髪を思い出してうっそりと笑う。久しく触れていないものだからとにかく恋しい。なんだかんだと悪態をつきながらもこちらに馴染んできているものだから、一層親(ちか)しく思えたのかも知れない。からかった時の赤く染まる目許などもはや可愛いとすら思えるから重傷だ。絆された自分も悪くはないと思えるあたり、もうどうしようもないのかも知れないと笑った。


(さて)


これだけ想っているのだから夢見の中会えはしないだろうか。閉じた瞼の裏で彼の姿をなぞる。会いたかったのだ、とても。夜勤ということは明日の昼頃には会えるだろうが、期待して帰ってきたぶん今夜会えなかったのは些か堪えた。出来ればやわらかく迎えてもらいたいものだ。取り留めのない考えはいっそ気でも触れたのかと思うほど馬鹿げているが、自分でも不思議なほど気持ちは穏やかなものだから止められそうになかった。
彼を想いながら思考はゆらり溶けていく。


さて、逢ったら何を話そうか。


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ちょっとおかしくなってきた杉様←
200091201

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あきゅろす。
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