嫌いなもの(1)
 雨の日は嫌いだと、彼がそう言ったのはいつの事だったろうか。




 今はもう届かない人に恋い焦がれてもしょうがなくて、多分彼は、俺に呆れてるだろうなぁと思うと少し悲しくなった。

「どうしたの、澪士」
「……いいや、何でも」

 赤という色が嫌いなのも、まぁ似たような理由だ。
 今にも雨が降り出しそうな、曇りの空が好きなのもまた似ている。
 貴方には分かるだろうか、いや分かるわけないな、彼は知らないのだ。
 俺はベッドを軋ませる。

「……やっぱり帰るよ」
「でも澪士は雨が嫌いじゃなかった?」
「嫌いだよ、」

 散らかした服を1つずつ拾い集める。でもまぁ殆ど使い物にならない。
 仕方がないので勝手に他人のクローゼットを開け、着れそうな物を見繕った。

「帰るんなら、俺の服じゃない方がいいんじゃないかな? 嫌がられるよ」

 元からだ、と吐き捨てると、俺はズボンをはく。俺の服はお前がズタズタに切り裂いたんだろうが。
 ――雨は嫌いだ、晴れもだけど。
 曇りは唯一俺を安心させてくれる。

「まぁ、気が向いたらまたここに来てよ。俺はいつでも待ってるからさ」
「もう二度と来ないと思うけど、」
「なに、服は返さないつもり?」

 振り向いてギッと睨み付けると、冗談だよと奴は笑った。
 当然だ、この服は奴は着た事がないに違いない、他の服より断然マシな匂いがする。
 ――まぁそれでも、聡い彼ならすぐに気が付くだろうが。

「……ねぇ、澪士は俺の名前、呼んでくれないんだね」
「当たり前だろ。静雄と違って、俺はお前の名前を呼ぶ理由が無い」
「……酷いなぁ」

 背を向けている俺には分からない。彼が悲しい目をした事は知らない。
 もういいんだ、何故ならお別れだからだ、俺は漸く理由を言える。

「――臨也、」
「……なに? 澪士」

 玄関で、俺は自分の靴を持ち上げた。
 靴さえも拝借する。悔しい事に俺達の好みは似ている。
 普段はかなさそう靴を選び、俺は随分余る空白に苛立ちを覚えながら告げた。

「……臨也の事、好きだったよ」
「――、」
「それじゃ」

 振り返らない。俺は過去を捨てるから。
 さよなら臨也、もう会わないと思うから。

 俺は玄関先に停まっていたタクシーを見て、あぁあいつもいい奴だったんだなと思った。




「ッ、澪士!?」
「ただいま、静雄」

 チャイムを1つ、鳴らしてみれば、緩慢な足音が聞こえた。
 多分力なかっただろう、小さく微笑みを見せると、とりあえず上がれと言われる。
 ――臨也の持ち物を纏っている事を知っていても、彼は尚優しいんだ。
 俺の帰る場所を作ってくれている彼に、感謝。

「ほら」
「、」

 投げられたタオルを受け取る。
 けれど水滴に触れるのも憚られて、濡れた服のままで絨毯の上に座り込んでいる俺は、暫くそのままぼうっとしていた。

「何してんだよ、澪士」

 貸せ、と言われて引ったくられる。
 テーブルに載せられたカップの中身は非常に興味をそそられるが、俺はとりあえずこの状況を楽しむ事にする。
 時折静雄が、痛くないか? と聞いてくるので、痛くないよと笑って答えた。

「……で、こんな夜中にどうしたんだよ。寝れないとかじゃねーだろ? お前は雨嫌いなのに」
「……!」

 ――知って、たんだ。そりゃそうか。
 雨の日はたいてい学校に行かなかったこと、毎度愚痴っていたこと、それはいつも静雄の傍だったから。

「――分かってるんだろ、静雄。俺がどこに居たのか」
「……あぁ」

 どうせノミ蟲の所だろ、と言われ、俺は素直に頷く。
 隠しても仕方のないことだ。いつかバレる。
 それに静雄は知っているのだ。

「俺、雨嫌いな理由、今なら言えるよ」
「……あ?」

 今まで俺は、問われながらも、それに1つとしてマトモに答えた事がなかった。
 それは思い出すのも嫌だったから。話すのも嫌いだったから。
 それはいつも奴が隣だったから。

「――あいつと出会った日が、雨だったからだよ」

 嫌だった。死ぬ程。
 俺の静雄を殺そうとする奴なんて、みんな死ねばいいと思った。
 でも静雄は誰1人として本気で憎しみを抱かなかったから、俺は許せた。
 ――でも、あいつ、折原臨也だけは違ったんだ。

「静雄を殺そうとする奴に出会った。あいつは本当に、静雄が死ねばいいと思っていた。……だから、嫌いだ」
「澪士、」
「俺の好きな天気」

 曇りだけど、と首を傾げる。静雄も知っている筈だ。

「好きなのは、雲が太陽を遮るからじゃない。そんなの適当だ」

 本当の理由はまだ誰にも言っていない。……だって、恥ずかしかったんだ。
 きゅ、と胸が締め付けられる感覚に襲われる。

「――本当は、静雄と初めて会った日が、曇りだから……だよ」

 いつの間にか静雄は、俺の髪を拭く手を止めていた。
 途中、痛かった気もするが――分からない、覚えてない。

「……知ってた」
「え?」

 静雄の体重を肩に受ける。

「お前が俺を好きな事なんてとっくに知ってたし、俺がお前を好きなのはもっと昔に知ってた。……俺も、曇りが1番好きだ」

 そうだ、いつか言われた事がある。
 どうして、と聞いたらお前が理由を教えてくれたらな、と言われたので、泣く泣く諦めたんだった。
 ……でも、まさか。

「静雄、お前――」
「俺は、お前が初めて天気の話をする前から好きだった。……一目惚れ」

 どうやら静雄が恥ずかしいらしい。
 俺を後ろから抱きしめたまま、顔を上げようともしない。

「――知らなかった、」
「当然だろ」

 初めて言ったんだ、知ってた方が怖ぇよと言われた。そりゃそうか。

「……好きだよ、静雄」
「俺もだよ、澪士」

 首だけ捻ると静雄はもう顔を上げていてその綺麗な瞳に理性さえ絡め取られそうだな、とか考えていると、案の定唇同士が触れ合った。


















10-8/21
(静雄、静雄の1番嫌いな天気は?)
(雨だな)
(……どうして?)
(お前が嫌いな天気だから)

臨也についてはつっこまない方向で

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