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黒バス
きっかけ [緑高]


『…続いては、全国のインフルエンザ情報です。
1月のインフルエンザ患者は今週がピークの模様。
お出掛けの際には、マスクを着用するように…』



「インフルかー…これはマズい…のか?」

「今日は休んだらー?」

「うーん、でも真ちゃん待ってるし…」


手元の体温計が示す数値は、お世辞にも平熱とは言えない高さであった。
母が心配そうに見つめてきて、どうしようか…と考える頭は、霞がかかったように感じ、休もうかと本気で考える。


「…って、やばっ!もう行かないと真ちゃん待たせちゃうじゃん!」


準備しておいた総合風邪薬を、水と一緒に流し込む。
欠席するか否か…そう考えていたこともすっかり忘れ、慌てて自転車の鍵を掴み、部屋を飛び出していった。




「…真ちゃーん!」

「遅いのだよ。」


待ち合わせ場所まで必死にチャリヤカーを漕いできた高尾に、緑間は冷ややかな視線を送る。


「ごめんごめん、ぼーっとしてたら時間経ってて…。」


全力で漕いできたために滲む汗を、ぐいっと乱暴に拭う。
そんな様子を、近づいてきた緑間は何気なく見つめていたが、ふと違和感を感じた。


「高尾。顔色が悪いが…体調でも悪いのか?」

「ん?全然!ダッシュで来たから熱籠ってるだけっしょ。
てか遅刻する!じゃんけんはいいから、真ちゃん早く乗って!」


本当に遅刻寸前の時間だったため、これ以上の会話が出来ず、急いで乗り込む。
学校へ向かう際の高尾はいつも通りに感じ、先程の違和感を気のせいと解釈した緑間は、静かに、こぎ続ける高尾の背中をじっと見ていた。



キーンコーン…


「…かお…高尾。」

「んー…れ?真ちゃん?」


突っ伏していた机から顔を上げ、目の前の端正な顔をじっと見つめる。
心なしか、心配そうな表情が窺えるが、何故かは分からずただ見つめる。


「…次、体育なのだよ。」

「…マジ、もう3限?…STから記憶ねぇわ…」


授業中寝ているのはしょっちゅうだが、授業丸々どころか放課にまで寝てしまっていたのは初めてである。
目の前の緑間以上に驚いている自分だが、動きを止めている暇はない。


「やべっ、着替えなきゃいけねーじゃん!真ちゃん、起こしてくれてマジサンキュ!」

「…あぁ。」


他の男子より遅く着替え始める。
着替えている最中に考えていたのは、時間のことではなかった。


(…っ、頭痛てぇ…ガンガンする…。でも休むと真ちゃん、ペア居なくなっちゃうし…全力でやんなきゃ大丈夫、だよな?)


手早く着替えを終えた高尾は、珍しく待っていてくれた緑間の手を掴み、昇降口へと駆け出していった。




──持久走。
それは秀徳高校の冬の名物である。
1、2年は、週3の体育の授業で、1周700mの外周トラックを35分間走る。
全15時間の体育の授業でのノルマは、男子80km、女子60km。
今日は3時間目の持久走で、やっと慣れ始めてきた頃であった。


「………。」


無言で走る緑間。
回りには教員が立っているため、無駄話など勿論出来ない。
自分との戦いとなるこれは、個人の記録伸ばしのために、普段仲が良いもの同士でも自然と別れて走る。

緑間と高尾も例外ではない。

普段からチャリヤカーを漕いでいた高尾は、知らぬ間に体力が向上していたようで、いつも緑間より数周多く走る。
勿論、その分緑間よりもペースが早い。
隣にならんで走ることなど、追い抜かされる時以外ないはずなのだが…


「…高尾。」

「…な、にー…真ちゃん?」


いつもより乱れるのが早い呼吸。
やはり朝から変わらない…むしろ悪くなっている顔色。
横にならんでいるのに、笑っている様子が欠片も見られない表情。
…そして、異常なほどの発汗量。


「…体調が悪いなら、休んでいるのだよ。」

「え、?全然…元気!今日は気分…的に、ゆっくり、走ってみよっかな…って。」


話す調子からも、いつものような明るさは感じられない。
並んだまま、数周走る。
あり得ないことに、緑間の後ろを付いてくるようにして走っている高尾に、さすがの緑間も不安に駈られる。


「高尾、やはり…」

「…っ…」


後ろを振り返ったところで、倒れ込んでくる高尾を目にし、足を止めて受け止める。
声を掛けるが、帰ってくるのは不規則な呼吸音だけで…


「…くそっ…」


回りを見渡すが誰もおらず、正門に戻ろうとするも、高尾は歩ける状態ではなかった。
負担をかけないように抱き上げ、そのまま正門に向かって逆走する。

途中でクラスメイトに心配げな視線や声を掛けられるが、全て無視し、保健室へ連れていくことを優先させる。


(高尾…!)







──保健室。

キーンコーン…


「…ん、ぅ…?」

「…目が覚めたか。」


少し瞼を上げて見えたのは、白い天井。
そして、鮮やかな緑色。


「真ちゃ…っ痛…つぅ…」

「まだ寝ていろ。酷い風邪だそうなのだよ。」


がんっ、と何かに殴られたような痛みを感じ、思わず頭を押さえる。
押さえた自身の手の上から、一回り大きい手で包まれ、そのままベッドへ戻される。


「真ちゃん…今、何時…?」

「…時計が見当たらないから分からないが、部活が始まって30分ほどなのだよ。」


その返答に、頭痛も忘れ、ばっと起き上がる。
やはり酷く痛んだが、そんなことよりも言わなくてはいけないことがあった。


「っつ…、真ちゃん…部活行かなきゃ!俺のことより…シュート練…痛っ!」

「馬鹿め、何を言っているのだよ。」


自分のことを放棄して緑間のメニューを心配する高尾だったが、緑間によるでこぴんにより、あっさりとベッドに戻される。


「だって真ちゃん、シュート練しなきゃ…」

「たった1日打たなかっただけで入らなくなるとでも思っているのか。
…体育後の授業は全て出てやった。その後俺がどこにいようが勝手なのだよ。」


そう言いながら、高尾の死角になるベッドの下で、ごそごそと何かを漁る。
何事か…と、目線だけをそちらに向けると、緑間の手に、緑色の携帯が見えた。


「…緑間です。高尾の目が覚めたので、送って帰ります。」


ピッ。


「よし、帰るぞ高尾。」

「いや…え?真ちゃん、さすがにそんな一方的には…」


電話の相手が大方想像のつく相手だけに、今の内容は頂けない。
いつも通りの無表情で帰り支度を始める緑間の腕を掴み、動作を止めさせる。


「…監督から、そういう指示だったのだよ。お前の目が覚めたら連絡し、そのまま送って帰れとな。」

さらっと言い、高尾の手をほどくと、引き続いて準備を始める。


「…そっか。…明日は雨かなー。」

「どういう意味なのだよ…!」


じろっと睨んでくる緑間に、いつもほどではないが、へらっと笑い返してやる。
その様子に、深く安心した表情を見せた緑間は、高尾の鞄と2つ鞄を持ち、ベッドに近づく。


「後ろに乗れ、高尾。」

「え…い、いいよ…歩けるし…っ」


これ以上の迷惑を掛けるわけにはいかない、と起き上がり、床に足をつける…が。
不意に膝から力が抜け、がくりと緑間の方へ倒れ込む。


「…あれ?」

「だから言ったのだよ。…早く乗れ。」

「う゛ー…ごめん真ちゃん…」


恐る恐る背中に手をかけ、首に手を回す。
不安定になると思い、びくびくしながら乗った高尾だったが、立ち上がったときの安定感に、なんとか落ち着くことができた。


「…真ちゃんて、意外と力持ちだねー。」

「何を言っている。お前なんか乗せていないのと同じなのだよ。もっと食べろ。」


無駄口を叩くほどまで回復した高尾に、密かな安堵を感じる。
そのままチャリヤカーのところまで行き、リヤカー部分に鞄2つと、高尾を乗せる。


「真ちゃん!?いいよ、俺歩いて帰…」

「いいから乗ってるのだよ。…こういうときくらい、頼ってほしいのだよ。」


最後にぽつりともれた言葉に、高尾は更に顔色を赤くする。
言った本人である緑間の方が赤かったことは言うまでもないが。


「真ちゃんのデレいただきー♪」

「デレてないのだよ!」


静かにチャリヤカーを漕ぎ始める。
最小限の振動で済むように、ゆっくりと進む荷台は、とても居心地がよかった。


「真ちゃーん。俺、次のじゃんけん絶対勝つからー。」

「ふっ、馬鹿め、無理に決まっているのだよ。」


いつもの会話。
信号待ちで停止した緑間は、微かな笑みを浮かべる。


(…倒れたときはどうなるかと思ったが…)

こんな会話で、ここまで安心できる自分に驚くと共に、自分のなかの高尾が、どれ程大きなものだったかを改めて思い知る。


「真ちゃん…青だよー。」

「わかってるのだよ。」


恋人、だけではなく。



相棒、と認めてやってもいい。


そう考えることのできた、今日という日に感謝を。










──3日後。


「真ちゃーん!」

「…遅いぞ高尾。」

「ごめん!ぼーっとしてたら5分過ぎてた…」

「…顔色はいいな。」

「もうばっちり!ありがとな真ちゃん!大好き!」

「…あ、ぁ。」

「わー、真ちゃんが照れたー!」

「う、うるさい!それより遅刻するのだよ!」

「あ、やばっ!真ちゃん…」



じゃんけん…



「また負けたー!」

「当たり前だ、早く引くのだよ。」

「ちぇー。まいっか。
んじゃま…エース様の仰せのままに!」




今日も新たな1日が始まる。











書きたかった緑高ー(*^^*)
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あ、持久走に関する情報は全て私の高校のものです。
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