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月明シンドローム(ライミン)
 


焦りがあった。
不安があった。


敵は待ってはくれない。
次々と波のように寄せてくる。
リシェルが不安で喚く気持ちは痛い程に分かった。

言い知れない冷たい物に胸を鷲掴みにされている気がした。





守りたいと思う人がいる。
でも守り切れるのか?

そう思ったら眠りは浅くなっていって、ライは寝つけなくなっていた。



それを払拭したいと、今日も寝床から出て剣を振るう。

剣タコが出来て、裂傷が出来ても、その得体の知れない黒い物は胸につかえて出てこなくて、それのせいで剣筋が荒れていくのが分かった。



(……月は気持ちを不安定にさせるって聞いたことがあるけど、)




冴え冴えと降る冷たい光。
無音の世界で空を見上げると、何だか意味も無く泣きたくなった。




(弱ってるなあ)




そんな自分の姿がくっきりと浮かび上がるようなこの月に、残酷さすら覚える。

手の力が抜けて、握り締めていた剣は地面に落ちた。無機質な金属音が鼓膜を振動させ、また次第に静寂が帰って来る。
──寝直す気にもなれなかった。




…ふと、静寂に慣れた耳が土を踏む音を捕まえる。
誰かがこっちに近付いているみたいだった。

不思議に思ってライが視線を遣ると、月明かりに照らされて輝く金の髪の、その人がいた。

「……あ、」

「こんばんは、ライ君」


ふわり、とミントは微笑む。
それだけでさっきまで冷たいと感じた月の光が和らいだ気がした。



「遅くまで修行?」

「…うん、昼間あんまり出来ないから」


そう言いながら、さりげなくライは手を背中に隠す。
でもその動作に気づいて、ミントがその手を掴む。

あえなく月明かりに晒された掌は、少し血が滲む程に酷使されていた。



「ちゃんと手当てしないとダメじゃない」



そう言って、眉をひそめたミントはポケットからセイレーヌの召喚石を取り出し、治癒の効果を持つ魔法を唱えた。

準備が良いなあ、とライがぼんやり見ていたうちに治療は終了し、傷もあったのか目を凝らさないと分からないまでに薄くなっていた。



「ありがとう、ねーちゃん」

「どういたしまして」



また笑う、その微笑みが本当に綺麗だった。



「どうしたの? まだどこか痛む?」

「あ……ううん、そんなんじゃないんだ」

「じゃあ良いんだけどね。
……うん、さっきよりも大分マシな顔になってるかな」

「……さっきはそんなに酷い顔だった…?」

「うん、かなり。
『疲れたー』って顔だったよ」



ライ君は弱音を吐こうとしないから、いつも心配なんだよね、とミントは言った。



「ごめんな、迷惑かけて。もう大丈夫だから」

「迷惑だなんて思ってないから謝らなくていいよ。
それに、大丈夫じゃないのに大丈夫って言うの、良くないよ?」



不安に思うことは仕方ない状況だしね、

と、今度はどこか痛みを伴う笑みを浮かべた。





──ああ、この人も不安に思っていたのか。

そう思ったら、何だか胸でつかえていた何かがコトンと落ちた音を聞いた気がした。


どれ程自分の視野が狭まっていたのか、そこでようやく気付いた。
目の前の彼女の顔にも疲れの色が出ていたのが、今やっと見えた。



「眠れないなら、安眠効果のあるハーブでサシェを作って来るね」

「じゃあ俺は、ねーちゃんが安心して寝られるようにするから」

「…ライ君?」

「皆が納得できて、皆が笑える結果になるように頑張るから。皆を守りたいって思うから。
……ねーちゃんも、安心して眠れるように頑張るからさ、だから、」

「……うん、嬉しいよ。ありがとう」










──頬を染めて笑うねーちゃんは本当にあったかくて、ほっとするな。



手を繋いで家までミントを送りながら、思った。




さっきは月の光は冷たいと思ったのに、今は足下を明るく照らす光に感謝すらして。
我ながら現金だなぁと苦笑する。


隣を歩くミントの確かな温もりを手に感じて、ライは足取りが軽くなっていくのを抑えることはこんなにも難しいのだと思った。




End.






++++++++++++

……………難産でした…。
こいつら難しい!

二人でほのぼのするんだもん、話よ転がれ!って念じながら書いたとか^^


リクして下さったバハムさまに捧げます。
ひっっっっじょうに遅くなってしまったので見てない可能性の高さにびくぶるします…すみません。



読んで下さってありがとうございました!





タイトル:ひよこ屋さま

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あきゅろす。
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