過去拍手文
8
目の前の人が、一体誰なのか、分からない。
どう見てもフェアだ。
でも、考えれば考えるほど、フェアとは思えない。
「君は、誰なんだ」
「……? 何言って…」
「フェアはそんなことは言わない。少なくとも、おいらの知ってるフェアは、おいらたちを信じてくれているから」
きっと傍にいてくれるはずだから。
分かってくれているはずだから。
「だから、間違ったところへ進み続けてるギアンに、そのことを分かってもらおうとするはずだ。ギアンの傍からじゃなく、相対する形で」
「それは君の単なる思い込みかも知れないよ」
茂みから男の声がした。
気配は今まで全くなかった。
暗殺者は倒されたとは思うが、まだ仲間がいつ出てくるか分からない状況だ。周囲に気を配ることは忘れていなかったはず。
心臓が不規則に脈打つのを感じながら、アルバはその方を見やった。
「君は僕じゃないし、彼女でもない。
赤の他人が、人のことを知った風に語るのは、どうだろうね」
「──出て来い」
「彼女は現に、僕のところへ来たいと言っているじゃないか。
彼女には自由に意思決定をする権利がある。そして、その意思は自分の判断によってなされたものであるし、それを行動に移す権利も存在する。
君がフェアの決めたことを、とやかく言う資格はないはずだろう…?」
「出て来い…ッ!」
「……やれやれ、随分短気だな」
光の下にその姿が露になった時、本当に目の前が暗くなった。
その紅い髪には見覚えがある、なんて生易しい言葉を使うこともできない。
ついさっきまで、確かに見たのだ。
そして、今は仲間が足止めをしてくれているはずの、
「その表情は……“何故ここに、『僕』がいるのか”と訊きたいみたいだね?」
くつくつと哂うその声に、足の先まで血の気が引いて冷たさを感じていた自分の身体に、一気に熱が蘇る。
紅い髪が揺れて、男はフェアを後ろから抱きすくめた。
「あんたがそこにいるはずはない。少なくとも、こんなに早くここに来れるはずがない。
セイロンたちが、『任せろ』と言ってくれたから」
「………」
「あんたは、ギアンの姿をしてるけど、違う。
何者だ。フェアからすぐに離れろ!」
「ずいぶんと仲間を信頼しているんだな。その信頼に足る力量を彼らが持っていたかは話が別のようだが……」
「何…!」
「じゃあ“ギアン”じゃなかったら、誰だと?」
「別に何だっていいさ。おいらはあんたが誰だろうと、問題じゃないんだ。
でも……」
剣の刃を返す音が、かすかに響く。
「フェアだけは、返してもらう!」
言い終わるが早いか、アルバは水平に飛んだ。ギアン目掛けて一足飛びに飛び掛る。
しかし、ギアンは避けようとも、防ごうともしない。
その行動を不審に思ったその瞬間、鋭利な殺気が肌を突き刺す。
咄嗟に地面に手をついて、無理に斜め後ろに跳躍の方向を変える。
上空から鋭く空を切る音と共に、何かが降ってきて。
鈍い音を立てて、地に深々と突き刺さった。
それに貫かれた焦げ茶の髪がはらりと数本宙を舞って、地に落ちる。
上手く受身を取れずに、アルバは転がるように尻餅をついた。
ギアンとアルバを分かつかのように放たれた一本の矢。
それが放たれた先を見上げる。
「そこまでにしてもらおうか」
「……クラウレ…!」
「健気な仲間愛だ。だが……現実を見ることができないらしいな。
自分の身で知らなければ、どうにも判らないというのなら、その身で味わうがいい。
絶対的な、力の差があるのだということを!」
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