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過去拍手文



 



背中に何とも言えない、気味の悪い怖気が走った。



今、嫌な予感は全てフェアの安否に繋がる。




足がもつれそうになりながらも、転がり下りるようにして崖の下までたどり着いたアルバは、そこにいるはずのフェアの姿を探した。






(………いない……?)


紅の手袋をした男が一人倒れているが、他に何もないし、誰もいない。

足元を見ると、強力な力が加わったのか、地面が黒くくすぶっている。
先ほどまで魔法のような力を使った何か――戦闘が行われていたことは事実のようだ。



となれば、おそらく紅き手袋の暗殺者――ここに倒れている男と、そして召喚師の少なくとも2人以上か――とフェアとが衝突したに違いないだろう。

ここにフェアも紅き手袋の暗殺者もいないということは……。







最悪のケースに思い至ったアルバが、色を失いかけた、その時。


「!」

背後に人の気配。
アルバはとっさに剣を構え、茂みに切っ先を向けた。

「誰だ…?」

がさりと茂みが揺れる音がした。

複数ではなさそうだ。しかし他の仲間が気配を殺して周囲から様子を伺っている可能性もある……アルバは息を詰める。


「びっくりしたあ……」


茂みから聞こえた声。

聞き覚えのある……なんてものじゃない。
今正にその声の主を探していたのだから。

「…フェア……?」


「突然剣を向けるから、びっくりしちゃったよ、アルバ」


頭や肩に葉っぱをつけて、フェアはひょっこり顔を出した。
服は土に汚れていて、ところどころに切り傷が見える。


「フェア、無事だったのか?」

「うん。いや、でもびっくりしたよ。我に返ったら崖の下だったし。
おまけに敵に囲まれてて大ピンチ!…って感じだったしね」


ほわり、と笑うその顔は、まさにフェアだ。
アルバは詰めていた息を大きく吐き出す。安心したのか、足に力が入らなくて、その場に座り込んだ。


「よか……っ、無事で……本当に良かった…」

「でもホント、一人で大変だったんだから。もうちょっとアルバが早く来てくれてたら、こんなに大変じゃなかったかも知れないのに」


服の裾をつまんで、フェアは溜め息をついた。
ほつれたのを直さなきゃ、とか髪がくしゃくしゃだーなんて言いながら軽い調子で言ったその言葉は、アルバには耳の痛いものだ。


「…本当にごめんよ。守りたいって思ってたのに、おいら肝心な時に助けられなくて……」


アルバはうなだれて、剣の柄を持つ手に力を込める。
それでも大切な人が無事でいたことに喜びを感じて、アルバは立ち上がった。


「帰ろう、フェア。皆のところにさ」


差し出した手。
当然、フェアはその手を取る










と思っていた。
しかし







「ごめんねアルバ」


申しわけなさそうな、それでいて決心をにじませた表情。

何を謝るのか、一瞬には判断できなかった。



でも。



「わたし、ギアンの側につくって決めたから、もう皆のところには戻らない」



「さっき暗殺者たちに囲まれたときにね、“もうダメだ”って思ったんだけど、クラウレが助けてくれて。
わたしが襲われたのも、手違いで情報伝達に齟齬があったからで、別にギアンが襲わせたわけじゃないって、クラウレが説明してくれたの」



「ギアンの目的だとか、意志だとか、以前に聞いたときはそんなのじゃダメだって思ったんだけど、やっぱり可哀そうになっちゃって」



「わたしが傍についててあげなくちゃ、ギアンはいつか潰れてしまう。
だから」






ダカラ、ワタシハ皆ノ所ニハ、帰レナイ。







そう言って、フェアは、にっこりと笑った。









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