2と3 報告(セシ+ドロ) 早朝、鍛冶屋『スチーム』に出掛けた夫を見送って、セシリアは昨晩用意しておいたアップルパイを手に取って家を出た。 目指す場所はドロシーとの待ち合わせ場所であるアルヴァーナ星降る小道。 よく晴れた、セレッソの花が綺麗に咲いた日の事だった。 「お待たせ、ドロシー」 「…あ、…おは、おはょぅ…ぃ…」 「おはよう」 徐々に小さくなっていく語尾に微笑みながら、セシリアはドロシーが先に敷いておいたシートに腰を下ろした。 「あ、あの、ね…きょ今日は、セシリアに…報告が…ある、の…」 「ん?なぁに?」 この庇護欲をそそる喋り方はなんなのだろう、セシリアをやたらと優しい口調にさせる。 「あ、赤ちゃんが、出来たの…」 「…え?」 驚いた。 セシリアは目を丸くしてドロシーに聞き返した。 するとドロシーは顔を真っ赤にしてもう一度同じ事を繰り返した。 自然セシリアの眉間に皺が寄る。 セシリアは数年前バレットに言われた事を思い出した。 いつ思い出しても失礼としか言い様のない、そんな言葉だったのだ。 『俺はジェイクが好きだ。が、ドロシーと結婚するから、仕方ない、お前にジェイクの童貞はやろう』 今思い出してもムカムカする。 カイルに振られた後とは言え、自棄になっていないかと聞かれれば答えを濁してしまう。 しかし家でのジェイクは優しいし、結婚したこと自体に不満はない。 毎日入り浸るバレットがいなければ、の話だが。 こうやってドロシーと会うのも、半分は愚痴を溢すためだ。 そこで、セシリアははたと根本的な事に気が付いた。 ドロシーはバレットに騙されているのではないか、と。 嬉しそうに赤ちゃんの報告なんかしているが、もしそれが騙されているのならばセシリアはバレットを許せない。 「…あの、ドロシー?こういう事は言いたくないんだけど、手遅れにならない前に、というかもう遅いのかしら?あぁいえ、とにかく、」 「…?」 もごもごと言葉を濁すセシリアに、ドロシーは首を傾げる。 セシリアは意を決して口を開いた。 「バレットはジェイクが好きなの、だからもしドロシーが」 本気でバレットを好きなら、それは弄ばれているだけなのよ と続く筈だったセシリアの言葉は、ドロシーの言葉によって遮られた。 「え…?うん、知って、るよ…?私も、カイルさんの事、好き…だもの」 ぽっと頬を染めてうつ向く姿は、とても母になろうとするそれではなかった。 可愛いのは、可愛いのだが。 「バレットに…赤ちゃん、欲しいな、って言ったらくれたの…。…ふふ、カイルさんと、お揃い…」 セシリアはくらりと目眩を覚えた。 じゃあ何?ドロシーとバレットは、夫婦のくせにお互い違う誰かが好きなの? それってどうなの? 「で、でもドロシー?カイルさんにはマナが…」 「…知って、るよ?幸せになれば、いいよね…。バレット、…優しくて、好きなの。…私が、カイルさんの結婚で落ち込んだ時、ずっと傍にいてくれたの」 最後の方は詰まらずに、はっきりと口にしたドロシーは、今までに見たことがないくらい綺麗だと、セシリアは思った。 そこでセシリアは漸くがてんがいった。 ドロシーとバレットは、似ている、のだ。 同じといってもいいくらい、根本が似ているのだ。 だから、溶け合うのは当然の事、助け合うのは必然の事。 それが恋愛にも嫌悪の対象にもならないのは…同じもの、だからだ。 セシリアは小さく息を吸って、吐き出した。 バレットのお宅訪問は、諦めるしか、ないのだと。 ジェイクと結婚した時点で、この枠組みの中に、もうすでに組み込まれているのだ。 この危うい、均衡状態。 「…ドロシー」 「…な、なぁに…?」 「私も子供、作ろうかなぁ」 崩す訳には、いかない。 先程の通り、セシリアにこの状態に不満はない、のだ。 End 20090219 ←→ |