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「おはよー」
「…」
「(あれ?)」

めずらしく一人で読書をしている馨に声をかけたが、なぜか返答がない。シカトですか?と思ったら、よく見ると両方の耳がイヤホンで塞がっている。音楽を聴くなんてこれまためずらしい。あたしは気づかれないようにそっと後ろの席に座り、様子を見ていることにした。

窓際の席で洋書を片手にする馨の姿は何とも様になっている。だけど、そんな難しそうな本を音楽を聴きながら読んだところで、話の内容を理解できるものなんだろうか。
はっきり言ってあたしには無理だ。読書自体あまり好きではないうえ、馨が読んでいるのは洋書ときた。英語の授業だってまともに理解できないあたしが、あの本の内容をわかるわけがない。

「馨」

わりと普通のボリュームで名前を呼んだつもりだけど、馨は気づかない。余程読書に集中しているらしい。
それにしても朝から激しい音楽を聴くな、と思う。どれほどの音量で聴いているのか知らないが、さっきから思いきり音が漏れているのだ。馨なら静かなクラシック音楽を聴きそうだというのは単なる固定観念だったのかもしれない。

「ねえ」
「…」
「あんまり音大きいと、耳に悪いよ」
「…」

あたしの忠告はやっぱり無視されてしまった。これは相当大音量で聴いているんだろうな。まぁ推測するまでもなく、イヤホンから漏れた音がそれを物語っているのだけれど。

「…(あ、)」

あたしはふと気がついた。これは、考えようによってはチャンスなのかもしれない。
気づいてほしいけど、気づいてほしくない。まだ秘密にしておきたい。でも欲望が見え隠れした、我が儘で矛盾したこの気持ち。馨には聞こえない今という瞬間なら“音”にできる気がする。


「…すき だよ」


何とも不思議な気分だった。言ってしまった、という妙な恥ずかしさに囚われる。朝の澄みきった空気の中で、声はよく響くからだろうか。今ではページを捲る音もイヤホンから漏れる音も、何もかもが調和している。
やっぱり馨は気づかないまま。だけど、それでいい。気づかないとわかっていたから、あたしは想いを告げたのだ。

「いつかちゃんと、伝えるね」

窓越しに感じる柔らかな日差しがこそばゆい。
何も知らない馨の後ろで、あたしは喜びを感じている。



ある朝の風景







081208
音楽聴きながら読書って無理です。途中から頭ん中がごちゃごちゃしてくるんですよ…(不器用)




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