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secret for you V





僕が貴女のことを一歩離れたところから見ているのが、気に入らないんでしょう。
一歩近付けば崩れてしまうんです。貴女への想いを塞き止めていた物が。



崩壊の調が聴こえる
呼ばないという名の壁



朝から一人で暇だろうと思い、作業を中断して、彼女の部屋に行くことにした。正しくは、彼女に会いに行くことにした、なのかもしれないが。この際どちらでも構わない。会えるなら。
自然と緩んでしまう顔を適度に引き締めて、扉を二回叩いた。中から声が聞こえる。心なしか嬉しそうだ。

「入っても平気ですか?your nameさん」

「勿論平気、寧ろ入って?八戒」

僕が扉越しに声を掛けると、やはり嬉しそうな返事。開けようとノブを回すと、待ちきれなかったのか、向こう側から扉が開かれた。窓から差し込む陽光がyour nameを後ろから照らす。
腕を引かれて、部屋に足を踏み入れた。大層嬉しそうな彼女と、肩を並べてベッドに座る。
今まで料理をしていたからか、僕の服から甘い匂いがするらしい。頻りに顔を僕に近付けるyour name。
無用心な。僕を一体何だと思っているんでしょうね。

「そんなに近付くと、襲ってしまいますよ?」

笑顔を崩さず言うと、彼女は全く意に介する様子も無く、無邪気に笑う。その笑顔が、どれだけ僕を苦しめているのかも知らずに。

「八戒はそんなことしないよ。優しいでしょ?未だにさん付けだし」

後半は少し拗ねた風に言うと、膝に両手を添えて、顔を背けた。そんな光景を見ながら、何と無しに左耳のカフスに触れてみる。僕の理性を繋ぎ止める、唯一の物。your nameに敬称を付けて呼ぶのも、それと同じ。たった二文字だとしても、十分だった。
少し放っておいたら、彼女の機嫌はいつの間にか治っていて、僕の右斜め下から、視線を送ってくる。結構単純なのだ、この少女は。

「八戒…、聞いてくれる?」

そう言って、耳と頬の間の硬い所を撫でる。見れば、耳も頬も紅潮し、目が水気を帯びている。
僕は相談役のお母さんってところでしょうか。内心毒づいて、彼女の相談が続けられるのを待った。

なんでも、今朝、your name曰く、可笑しなことがあったらしい。視界いっぱいに広がる赤に、頬に口付けをされ。耳元で祝いの言葉を囁かれた、と。
どこまで鈍ければ気が済むんだろう。その出来事を話すことが、僕の神経を逆撫でするだけなのが分からないのか。
悟浄も悟浄で、朝居ないと思ったら、your nameのところに来てたんですね。
ずるい。大人げなく苛立った僕は、能面。無表情を決め込む。
一方、苛立ちの根源は心此処に在らず、といった感じで頬に指を滑らせている。たまに溜め息をつき、終いには後ろに勢いよく倒れ込んでしまった。
天井を眺めていた瞳が、不意に僕を捉える。

「…私が嫌いなの?」

「……は?」

唐突に投げ掛けられた問いを受け止め切れず、口からは柄の悪い声が洩れた。
意味が分からない。どこで何と何が繋がって、それに辿り着いたのか。いつ僕が、貴女を嫌いだと言いましたか。
脳内の苛立ちと疑問が、駄々漏れだったのかどうかは知らないが、your nameが苦笑する。白くて細い指を、僕の鼻先に突き付ける。

「顔、お面みたいだよ」

無表情のまま彼女を睨み付けていたようだ。それ以前に、

「…誰のせいだと思ってるんですか」

僕は言うと同時に、起き上がろうとしていた彼女の肩を押さえ付けた。小さく声を洩らし、元に戻るyour name。直ぐ様覆い被さり視線を合わせる。右手で彼女を押さえ付け、もう一方の手でカフスに触れた。

「…your name」

敬称無しで呼ぶと、泳いでいた彼女の瞳が僕を映したところで止まる。your nameを介してでも、抜け駆け男と間接キスなんて御免ですね。そんな下らない事を思い、悟浄とは反対側の頬に口付けた。
一瞬硬直する身体、止まる息。真っ赤に茹で上がった彼女を見上げ、僕は囁く。

「おめでとうございます。your name

お互い様、ということで。
降り注ぐ春の日差しと、舞い散る桜に見送られ、彼女の部屋を後にした。







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