[携帯モード] [URL送信]
おかわり 





好きです、なんて。そうじゃなくても自分の事を言っているみたいで。
赤くなった顔を見られたくなくて、首を根元から曲げて、真下を向いた。



理解出来ない!ゴドーサイド



深夜のコンビニ。
初めて入ったそこは、兎に角色々な物が詰まっていた。彼女のお気に入りの商品は、500mlのパックに入ったコーヒー牛乳だった。パッケージの牛に、何故か苛立ちを覚える。嬉しそうにそれを眺めるyour nameに一瞥をくれて、なるべく無感情に、商品に目を移した。
彼女に見詰められるコーヒー牛乳に、牛に、妬いているのだろうか。意味が分からない。
正体不明の雑念を、頭の隅に追いやる。
二十四時間営業だなんて、店長は休む暇が無いな。俺はコンビニの店長なんて絶対にやりたくない、気を取り直してそう彼女に言うと、

「ゴドーさん、店長さんは二十四時間勤務している訳じゃないですよ。パートさんや社員さんと分担してるんです。」

your nameは店員の手元をぼんやりと眺めながら笑った。
緩慢な動作で、商品を袋に詰めていた店員が、大きく欠伸をする。遠慮は無い。つられてyour nameが欠伸したのを横目に見て、俺は同じそれを気付かれないようにかみ殺した。
俺達は寒空の下に出た。your nameの吐いた息が白く、濃紺の夜空に良く映える。
彼女が早速コーヒー牛乳を取り出したのを見て、自分もビニールから熱い缶コーヒーを出した。思い切り呷(アオ)ると、コーヒーよりも鉄の味が口に広がる。安っぽい味だ、と内心毒づいてyour nameを見る。夜空を見上げ、寒さに身を震わせていた。
温かい缶コーヒーを彼女の頬に宛てると、微かにはにかみ笑いを見せる。そんな彼女の表情に口元が緩むのを感じ、慌てて先ほどの毒を口から吐き出した。
二人並んで、家までの道をゆっくりと歩く。
すると、彼女がコーヒー牛乳を差し出してきた。コーヒーなら何でも飲みたいと思うのと、その他諸々の事情とで、俺はストローから上ってくる液体を味わった。
無意識に眉間に力が入る。そんな雰囲気を、your nameに悟られまいと顔を背けた。
甘い。下手な玩具のような味だ。不必要な意地のせいかどうかは分からないが、コーヒーと思いたくない。
妙に輝いた瞳で、俺を見上げるyour nameに、率直な感想を薄くオブラートに包んで伝える。
その感想を聞いたyour nameの表情は、一瞬にして曇った。そのまま落ちてしまいそうだ、というくらい項垂れて、ただ押し黙る。パックを持つ手に力が込められるのを、視界の隅で見た。
運動を繰り返していた彼女の脚が、緩やかに動きを止める。

「……your name?」

名前を呼び、顔を覗き込もうと屈む。その瞬間、何かが落ちる音がどこか遠くに聞こえた。your nameの姿が無い。狼狽して前方を見ると、濃い闇に彼女の背中が融けていくところだった。
足元には、俺の神経を逆撫でするかのように、中身の溢れてしまったパックに描かれた牛が笑っている。それを何気無く拾って見詰め、次に暗闇のその先を見詰める。your nameの後ろ姿を思い出し、気付けば自分も走り出していた。
布団が膨らんでいる。息を切らして飛び込んだ家は、鍵も閉められておらず、不用心極まりない。
your nameの隣に腰掛けて、先程の失言を謝りたかったが、もっと根本的且つ自分が納得出来る和解の方法を思い付いた。この謝りたい衝動を、喉元で抑える。
真っ暗な室内で、唯一生物の気配が感じられる箇所に向けて、仕事をするから、とだけ言って扉を閉めた。
キッチンの灯りを点ける。スナックなどの入ったビニール袋をテーブルの上に置き、すっかり中身の無くなった牛の紙パックをぐるぐると回した。
見るのは原材料。
自分が認められる、彼女の好きな味のコーヒー牛乳。それが、二人の共通の好物になれば、きっと旨さも増すだろう。
またもや緩んでしまう口元を、空いた手のひらで覆い、喉だけで静かに笑う。
口元の緩みが一段落したところで、気を取り直し原材料を上から下まで全て読んだ。

「あの味はココナッツ…だったのか」

ココナッツなら確か、香料か何かと一緒に引き出しにしまってある筈だ。そう思い、香料の入った引き出しを開けると、案の定あった。
さて、次に豆を。そうやって何度か作り直している内に、香りは納得のいく物が出来た。一口飲むが、何度も味見を繰り返していた為に、目指していた味が曖昧になり、これが正解なのかが分からない。
仕方ない。もう一度コンビニに行って買ってくるか。
そう思い、適当に上着を着て、家を出る。まだ明け方だろうと思い込んでいたが、結構日が照っていて目に滲みた。
しっかりと鍵を閉め、缶コーヒーも買おう、などと考えながら朝の道を歩き出した。
朝でも混んでいるものなんだな、コンビニってのは。そんな下らない事を感想として、帰宅した。
玄関に入ると、放置された二つのコーヒーカップを、焦点の合わない瞳で眺めるyour nameが居た。声を掛けると、不機嫌そうな声が返ってくる。それをなるべく気にしないようにして椅子に座ると、違和感の無い動作で彼女も椅子に座った。
どこか居心地が悪く、する事も無いので、一先ず買ってきた物をテーブルの真ん中に置く。そのままカップに手を伸ばし、一口飲む。悪くは無い。
そっとyour nameを見ると、彼女もカップに口を付けていた。
何故か緊張する。だが彼女から聞こえたのは、美味しい、という言葉。そんな言葉がyour nameから出るなど信じることが出来ず、取り上げようとカップに手を伸ばす。彼女は造作無いことのように手を避けて、にこりと微笑んだ。
「おかわりしてもいいですか?」

とても無邪気に笑う彼女の声が聞こえたものだから、思わず項垂れたまま固まる。空になったカップを差し出すyour name。
顔を上げて、短く返事をした。カップを受け取り、椅子から立ち上がって準備を始める。背後からの物音に気付き振り向くと、your nameがもう一つのカップまでも飲み干していた。驚きの後に、呆れた笑いが込み上がってくる。
喉で笑いながらコーヒー豆を取り出すと、小さく彼女の笑い声も聞こえた。

「あ、ゴドーさん缶コーヒー買ってる。…コーヒー牛乳も」

ガサガサと袋を漁るyour name。缶コーヒーとパックをテーブルの上に出す。

「気に入ったんですか?安っぽい味。」

意地の悪そうな声色で尋ねる彼女は、おそらくそれに見合う表情をして俺の背中を見ているのだろう。

「味の幅を広げるのも良いと思ってな。俺のが出来るまで、その牛野郎飲んでても良いんだぜ?仔猫ちゃん」

その為に買ってきたのだから。少し仕返しの意味も込めて、背中越しに言う。
彼女からの応答は無く、代わりに冷蔵庫の開く音がした。your nameがパックと、冷めてしまった缶コーヒーをしまっている。

「今はゴドーさんのを飲みます。…そっちの方が美味しいので」

後半が上手く聞き取れなかったが、きっと嬉しいことを言ってくれたのだろう。そう思うことにする。
それよりも仕返しが全く効かなかったことに、密かに奥歯を噛み締めた。
とりあえず早く作って、二人でそれを飲みながら話したい。深夜の喧嘩、の事は話さなくて良いだろう。わざわざ蒸し返すような事でも無いし、具体的に言葉を交わさなくても解決している。問題は無い。
寧ろ、これは二人に共通の好物が出来るという一歩前進だ。成長だ。雨降って地固まる、とでも言えばいいのだろうか。
手の動きを止めて考えていると、再び椅子に座ったyour nameの萎んだ声が聞こえた。

「ゴドーさん、おかわり…」
「…くっ、ちょっと待ってな仔猫ちゃん」



fin





(←

あきゅろす。
無料HPエムペ!