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理解出来ねぇぜ 





理解出来ない、なんて。そうじゃなくても、私のことを言っているみたいで。
言って欲しくなかった。貴方だけには、理解して欲しかった。



理解出来ねぇぜ



深夜のコンビニ。彼はコンビニなど、行くような人じゃないと思っていたが、意外にも着いてきてくれた。
自動ドアが開き、頭上で客が入った事を知らせる音が鳴る。店員の声は無い。いかにも深夜、といった感じの、やる気の無さそうな顔の男が、やる気の無さそうな動きで品だしをしている。
真っ先にパックの飲み物コーナーに行くと、ゴドーさんが陳列された色とりどりのパッケージを物珍しそうに眺める。

「コーヒー牛乳?そのくらい、俺が作ってやるぜ?」

私が、まるで人間のような手付きでコーヒーを飲む牛が描かれたパックを手に取ると、ゴドーさんが不思議そうに言った。
流行りのポップスが流れる、深夜とは思えない明るい店内。
真っ白に光る蛍光灯に照らされた彼を、振り向き見る。

「これ、私大好きなんですよ」

ゴクゴク飲める!そんな可愛らしいフォントの文字を目で追って言うと、ゴドーさんは短く返事をして、また商品を眺め始めてしまった。
その後、店内を何周もしてから、漸くレジへと向かった私達。バーコードを読み込む度に鳴る電子音と音楽、そして私と彼の話し声だけが響いている。店員はやる気を少しも出さないまま、接客を終えた。
私達は寒空の下に出た。早速コーヒー牛乳を出し、付属のストローを挿して飲む。深夜の風が冷たくて染みる。それに加えて、素手に冷えたパック。思わず全身を震わせると、頬に温かい物が触れた。見ると、ゴドーさんが買った缶コーヒーを、私の頬に押し付けている。

「クッ…安っぽい味だぜ」

そう言いながらも、彼はそれを全部飲み干してしまった。
空を見上げると、無数の星が散らばっている。視界の隅には真っ白な髪の毛。
何と無くコーヒー牛乳をゴドーさんに差し出してみると、彼は身体を折り曲げてストローに口を付けた。私は期待に満ちた瞳で、背の高いゴドーさんを見上げる。
同じ好物を二人で分け合えたら、きっと楽しいだろう。そんな事を考えて、思わず頬が緩む。

「どうですか?」

待ち切れず私が問うと、ゴドーさんは顔をしかめて、

「悪くはないんだが…、俺の好みじゃないな。理解出来ない、ぜ…」

そう言った。彼はいつもブラックコーヒーを飲むため、仕方無いのだろう。
期待してた分、そんな些細な事でも何故だか無性に悲しくなって、そうしたら、段々と怒りが沸いてきた。

「そうですか」

首を根元から曲げて、真下を向いた。地面に投げ付けるように放った言葉と共に、涙が落ちる。
彼が口を付けたストローが普段なら嬉しい筈なのに、今はぐしゃぐしゃにして捨てたい衝動に駆られた。
私の大好きなものを、ゴドーさんは理解してはくれない。それが勝手に脳内で変換、省略されて、私を理解してくれない、になってしまう。

「……your name?」
「…な、何でも無いです!」

ゴドーさんが心配そうに、私の顔を覗き込もうとする。そんな彼の動きを感じ取った刹那、私は走り出していた。手から力が抜けて、パックを落とす。
彼に見られたくなかった涙が、風で後ろに流れていった。
一人家に着いた私は、涙も拭かずに布団に潜る。ゴドーさんは私が予想していたよりも早く家に着いて、膨らんだ布団を見て溜め息をついた。
彼は仕事をするから、とだけ言って別の部屋に行ってしまい、私は苛立ちが収まらないまま朝を迎えた。
いつの間に寝たのかはわからないが、甘い匂いで目が覚めた。横にゴドーさんは居ない。リビングに行くと、テーブルの上にはコーヒーカプが二つ。それぞれに薄い茶色のものが入っている。おそらくコーヒー牛乳だろう。深夜の苦い記憶がぼんやりと蘇る。
寝起きではっきりしない頭のまま立ち尽くしていると、玄関の扉の開く音がした。

「…起きたのか」

ビニール袋を持ったゴドーさんが私を見るなり、そう言う。

「おはようございます」

彼が椅子に座るのを見ながら、不機嫌さを隠さずに挨拶をした。私も椅子に座る。
窓からは日の光が降り注ぎ、鳥の鳴き声が聞こえている。
二人の間には、数時間前と変わらぬ気まずい空気が流れる。ゴドーさんがカップに口を付ける。見た目は甘そうなのに、気にしていないようだ。つられて私もカップを鼻に寄せてみると、甘い香りがする。口に含むとやはり甘くて、あのコーヒー牛乳に少し似ていた。こちらは甘味が抑えられている。
美味しい、思わず呟くと、向かいでゴドーさんが微笑んだ。

「ココナッツが入ってたんだな。同じように作ったんだが…違う、な」

彼の大好きなブラックコーヒーみたいな苦笑いで、私からカップを取ろうとする。その手を制して、残りを全て飲み干した。手を出したままの状態で固まる彼の顔を、真っ直ぐ見詰める。

「こっちの方が好きです。あと、昨日はごめんなさい」

立ち上がり、頭を下げると、ゴドーさんは気が抜けたように、椅子に戻った。テーブルに肘をつき、項垂れる白い頭。
二人の中間に置かれたビニールには、深夜の喧嘩の原因と、安っぽい味の缶コーヒーが入っている。私は愛しい頭に手を載せて、おかわりをお願いした。






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