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桜の花言葉 





桜の舞い散る公園で
この世のものとは思えぬ程に美しい人を見た。

その人は僕に気付くと
また、この世のものとは思えぬ程に美しく微笑むのであった。








太陽が心地好い昼下がり。
春の日差しは、僕を暖かい微睡みへと誘う。
事務所に一人ワイドショーを観る真宵ちゃんを残して、僕は近所の公園に足を運んだ。

淡い桃色の花を一面に咲かせた桜の木が、ずらりと並んでいる。
風に舞う花弁は、いつか桜は散ってしまうということを僕に知らしめてくれる。
丁度お昼時に出てきたので、どこにも人は見当たらない。
たまに通り過ぎる車のエンジン音が微かに聞こえるのみで、公園は静かだ。

僕がふとベンチに目を遣ると、見慣れた光景が飛び込んできた。
桜の花弁が舞い散る中、ベンチに座り分厚い単行本を開く少女。

「your nameちゃん。」

僕がこっそり近付いて名前を呼べば、彼女は驚いて顔を上げた。
色素の薄い髪の毛は、肩に掛かるか掛からないかの長さで綺麗に揃えられており、白を基調とした服装と合わせて見ると、今にも消えてしまいそうな程に儚い。
風に揺れるスカートの裾と髪の毛が同じ動きをしている。

「吃驚したあ…。あ、こんにちは、成歩堂さん。」

大人びた表情とは反対に、その声にはまだ幼さが残る。

「こんにちは。今日も読書?」

僕とyour nameは、桜の花が開いた頃のこの公園で出逢った。
その時も彼女はこのベンチで同じ本を読んでいた。
太陽の光を浴びた彼女は白く輝いていて、この世に天使がいるとしたら、きっとこの子なんだ、と心の中で密かに思った。
それからは毎日この公園に足を運んで、彼女の横に腰を下ろしたわいも無い話をするのだ。

「えぇ、もう大分読み進んで…、あと30ページくらいでしょうか?」

そう言ってyour nameは残りのページをぱらぱらと捲って見せる。
初めて会った時は、まだ読み始めたばかりだったのに。
この本の残りページを確認する度、彼女と過ごした時間を思い返した。

「随分読んだんだ。…ずっと気になってたんだけど、それ何の本?」

僕はベンチに腰掛け、横に座る彼女を見る。
言ってみれば、今まで聞かなかったのが不思議なくらいに、気になってしまった。
茶色いブックカバーを掛けられたその本は、挿し絵も無く、ましてや横書きでもない。

「な、成歩堂さん…」

「…どっ、どうしたの、your nameちゃん?」

your nameの上擦ったような、震えるような声に僕は少し戸惑った。
聞いてはいけないことだったのだろうか。

「笑ったりしませんよね…?」

恐る恐る僕を見詰める彼女の透き通るような白い肌は、紅潮していた。

「わ、笑わないよ!」

大袈裟に首を振ると、安心したのか、your nameは今まで読んでいたページにしおりを挟んで僕に差し出す。
頬杖をして僕を見上げる彼女の姿は何とも可憐だ。
いかん、と雑念を振り払い、本の最初のページを開く。
ページの真ん中に縦書きで書かれた文字を人差し指でなぞった。

「“桜の花言葉”…?どんな小説なの?」

「恋愛小説なんです。桜の木の下で出逢った男女が恋に落ちるっていう…」

彼女は言うと、頬を真っ赤に染め、照れ臭そうに微笑んで僕を見る。

「まるで…私と成歩堂さんみたい、ですよね。」

「え……えぇぇぇっ!?」

僕は彼女の言葉に面食らって、一瞬身体を強張らせると、次の瞬間全身の体温を一気に沸き上がらせた。

「わ、私ってば変なこと言って…すみません、困りますか?こういうのって。」

「こ、困るとか、そういうのじゃなくって…その、えっと。」

真っ赤な顔を見られまいと必死に反らす。
そんな僕の手にyour nameの手が静かに触れた。
彼女を見れば、恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐに僕を見詰めてくる。

「your name、ちゃ…」

「好きなんです。成歩堂さんのこと………」

僕の言葉を遮って、彼女の幼い声が、桜のように咲き誇る。
ただ見詰め合う僕とyour nameは、彼女が切なそうな顔で僕からゆっくりと手を離したことで、互いに目を反らすことになった。
桜の花弁は、そんな僕達にはお構い無しに美しく舞っている。
空の淡い水色の中に、雲のくっきりとした白が際立つ。

僕がこんなにも彼女を意識して身体を火照らせたことが、以前にもあった。
それは僕とyour nameが初めて会った時。
気紛れに公園へと足を運んだ僕を出迎えてくれたのは、天使のような彼女だった。
それまで本を食い入るように見詰めていた彼女は、不意に顔を上げると、僕を見つけて微笑んだ。この世のものとは思えぬ程に美しく。

今思えば、一目惚れだったのかもしれない。
僕は手の中の茶色いブックカバーを掛けられた本を見詰めた。
“桜の花言葉”、か。
僕は視界の至る所で儚く舞い散る花弁を見て、次に背後に美しく咲き誇る桜の木を見た。

「your nameちゃん……その、知ってる?…桜の花言葉。」

突然発された声に驚いて、彼女は目を見開いて僕に顔を向けた。
そして少し考えるような仕草をすると、困惑した表情で僕を見る。

「精神美…………ですか?」

「うん、それもなんだけどね。」

僕は手のひらを上に向ける。
暫く待つと、一枚の花弁がひらひらと手のひらに舞い落ちてきた。

「優れた美人…。桜はまるで君だ。」

そう言って手のひらの花弁を彼女に差し出す。
your nameは顔を真っ赤に染め上げて僕をじっと見詰めている。
今更ながら自分のしたことが恥ずかしくなってきて、僕は両手のひらで顔を覆った。
捕まえた花弁はひらりと風に舞い、地面に落ちる。

「…それは、さっきの私の告白の返事と捉えていいのでしょうか?成歩堂さん。」

柔らかく僕の耳に侵入する彼女の声。
僕は両手を静かに下ろして、紅潮した頬に躊躇いながら、彼女を見据えた。


「うん。」




見据えたyour nameの頬も、俄に赤みを増していく。
僕にはまだ、そんな美しい彼女に口付けをする勇気も無く、ただ静かに抱き締めた。


fin...?














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「おかえり、なるほどくーん……あっ、your nameちゃんも一緒?」

そう言って真宵は、厭らしい笑みを浮かべた。
僕の横で焦って顔を真っ赤にした彼女が、真宵に駆け寄る。

「ま、真宵ちゃんっ!」

「……?」

僕は状況が理解出来ず、取り敢えずソファーに腰掛けた。

「知り合い?」

顔を真っ赤にするyour nameと、楽しそうに笑う真宵。
僕が訊ねると、嬉しそうに答えたのは真宵だった。

「友達なんだ!そして恋のキューピッド…ふっふっふ。」

不敵な笑みを隠すこと無く浮かべる真宵は、愉快そうだ。

「ま、真宵ちゃん…」

彼女が恥ずかしそうに、人差し指を口に当てる。

「ふっふっふ…。なんてったって、いつまでも恥ずかしがってなるほどくんに会おうとしないyour nameちゃんを、公園に呼び出したのは私だったんだから!!」

「真宵ちゃーんっ!」

誇らしげに胸を張る真宵を見て、your nameは到頭、顔から火を噴きそうだ。

「ん?そう言えば…」

僕はテーブルに置いてあった湯飲みに、お茶を注ぐ。
それを飲みながら、your nameと出逢った日のことを思い出した。
──…
───……

「天気良いねー。」

「そうだね。」

「こんな日は公園で日向ぼっこするのが良いよ、なるほどくん!」

「僕に言うなよ…。行ってくればいいじゃないか。」

「違うよ、なるほどくんが行くんだよ!はい、いってらっしゃーい。」



今思えば、強引過ぎた気がしなくもない。
まんまと真宵の作戦にかかったことよりも、your nameがそんなに前から僕を想ってくれてたことが嬉しくて愛しくて、僕は真っ赤に染まる顔を伏せた。



fin...











あとがき。

初のなるほどくん夢。
桜の花言葉にこじつける(←)ことに夢中だった私に乾杯。


09.04/04

雨蘭

→)

あきゅろす。
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