小休止(『信濃』の後日談)【大和型】 「この度は、誠に申し訳ございませんでした!!」 傷付いた艦体を直すべく訪れたドック内で、信濃は勢い良く頭を下げた。 その先には、信濃の僚艦である武蔵が鎮座している。 修理が粗方終わったのか、聞いていた程に目立った損傷は見受けられなかった。 「本当に、何と言ったら良いのか……僕を庇い、代わりに武蔵さんは損傷、を」 謝罪を続ける口は、それ以上言葉を続けられない。 武蔵が目の前に下げられた信濃の頭に手を伸ばして、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた事で中断させたのだった。 「っわ、ちょ、武蔵さん!?」 「それはお前も同じだろう」 突然の事に驚いて顔を上げた信濃だったが、武蔵の言葉にぎくりと身を強張らせる。 「ぼ、僕の場合は比較的軽微で」 「雷撃を受けたと聞いているが」 「あ……えぇと……」 一見冷たい印象を受ける双眸に真っ直ぐに射られ、信濃は居心地悪く身動ぎをした。 この眼の前では、一切の誤魔化しが効かない。 答えに困った信濃は、今さら意味が無いとは解っていたが視線を虚空にさ迷わせた。 その向かいで、武蔵が軽く嘆息する。 「………まぁ、無事ならそれで構わん。お前が護れれば、それが俺の本望だ」 その口調こそ素っ気ないものだが、武蔵は珍しく何時もの鉄面皮を緩めた。 そうしてまた、信濃の頭をくしゃりと撫でる。 「ならばいっそ、そのまま散る方が美徳ではないか?」 不意に聞こえた声に二隻はほとんど同時にそちらを向いた。四つの目線の先にはどちらとも似通った顔、兄弟の長兄である大和の姿があった。 「…………大和」 「や、大和さんっ何て事言うんですかっ!?」 不機嫌に眉間を険しくする武蔵。 驚愕に声を引っくり返して信濃。 弟達のその反応に、大和は奇襲でも成功したかのように、満足そうに笑顔を浮かべた。 「やぁ信濃、もう具合は良さそうだな。しかし、その方が美しい話だと思わないか?………あぁ、安心しろ武蔵。その際の貴様の功績は、俺が永劫語り継いでやる」 爽やかな笑顔と口にした内容の落差に、信濃は思わず凍り付く。 武蔵の眉間が、より一層険しくなる。そしてその渋面のまま、ふん、と威嚇のように鼻を鳴らした。 「では俺が語るのは貴様の無様な敗退記録か?」 「俺はそんなヘマなど」 「格下の旧型戦艦二隻を前に大破」 ボソリと呟かれた武蔵の言葉に、大和が僅かに眉を寄せた。 「一隻の相手も満足に出来ん貴様に言われたくなどないな。それと、一隻は当時の最新鋭艦だ」 「言い訳とは見苦しいな、大和」 「言い訳ではない。事実だ、武蔵」 「………減らず口を」 「貴艦こそ口を慎みたまえ」 「や、やめてください二人ともっ!!」 今にも撃ち合いに発展するかのような気迫を含んだ口論は、悲鳴に近い声で遮られた。 信濃だった。 仲違いを憂いたのか、又は一触即発の矢面に直面した恐怖か、信濃の幼い顔立ちが泣きそうに歪む。 「冗談でもその様な事を言われては困りますっ!!け…喧嘩も、駄目ですけどっ…!!」 末弟の反応に、兄たる二隻は心底慌てた。 「し、信濃……これは喧嘩ではない。話し合いだ」 「そうだ。だから…その、心配はするな」 いつもの余裕も沈着さも無くおろおろと取り乱す兄達に、信濃はじとりと視線を向けた。 「…………本当ですか?」 「「本当だ」」 信濃の問いに、二つの声が綺麗に重なった。大和と武蔵が不服そうに、且つ気まずそうに顔を見合わせる。 そんな二隻を見て信濃は表情を緩めた。 「それなら、握手ですね」 そうして「さぁどうぞ」と言わんばかりににこりと笑って手を差し出す。 大和と武蔵は暫く迷ったが、やがてどちらともなく限り無く渋々と握手を交わしたのだった。 いつの世も、末っ子に逆らえないのは兄達の弱味。 [戻る] |