笑う鬼と泣きむし
1
結局、私の常套手段は逃げる事だった。
目をつぶって、耳を塞いでしまえば。嫌な現実を見なくてすむ。悩まなくて、
「ったく、お前はガキか!」
体操座りをして、顔を伏せていた私を。
乱暴に、けれどしっかりと掴みながら。アニキさんは立ち上がらせた。
「…あ、アニキさん……なん、で」
「死にそうな面して、火薬倉庫に駆け込むヤツ見て、追わねェ訳はあるめェよ?」
溜め息をつきながら、アニキさんは有無を言わせない視線で私を貫いた。責めるようなものではない。
頼もしさと、優しさが混じっている。アニキさんらしい目だ。
捕まえられたままの、腕が熱を持っていく。
よくよく考えると、薄暗い倉庫でこんなに密着して、
「…恥ずか、しい…」
「…何言ってんだ、野郎同士のクセによォ」
何故か、アニキさんの目が挙動不審になった。気のせいかまた体温が上昇している。
ぱた、と目が合うと。いつもは不敵な顔が驚愕に変わる。
「…泣いてた、のかよ……」
アニキさんのもう片方の手が、私の頬に伸びて。残っていた涙の後をなぞった。
そして、荒々しい手付きで私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ぁ……」
なんでだか、安心する。
優しいのに、荒々しい手付きも。穏やかに眇められた目も。
貰った事が無かったから。
「……っふ、ぅ…ぐすっ…」
「そこで泣くかァ…」
「す、すみばせ…っう」
また泣き出した私を、咎めるでも無く黙って撫で続けるアニキさんの手に、とても安心させられた。
大丈夫、
大丈夫だから、な?
囁かれた、言葉に。
胸が苦しくなった。
アニキさんは、悪くない。
だって戦う事や領地を広げていくのが武将でしょう。
当たり前だもの。
悪いのは私じゃない。
一応、敵軍であろうこの軍船に男装までして、生き延びたいと願って、自分の生まれ育った土地が、戦場になろうとしているのに。
敵軍の主将であるアニキさんの、この手が好き。
優しさに、狂いそうになる。
怖い。
「…離して下さい、」
怖い。
「…アサギ?」
怖いの。
「離して…!」
好きに、なってしまったら。
私はどうなるのか、怖い。
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