・第零章 夢であるように番外編〜忘れられた時〜
僕が見たリアル(シャルティエ視点)
頭の中だけで描いてきた夢や希望といった幻想は、現実を目にした瞬間に砕け散った。リアルというのは実に、惨くて、醜くて、叫び出したくなるような嫌悪感と、常に思い通りにならないもどかしさを伴う事柄のオンパレードなのだ。
僕がそう悟ったのは、書き置き一つだけを残して親元を去って二年が過ぎた頃だった。

前世代から続くこの終わりの見えない、むしろこちらの敗北しか見えていないような戦争に何かしら貢献したいと思い立ち、身内に反対される事は目に見えていたので、剣と僅かばかりの自分の蓄えを手に生まれ育った家を出た。
多少なりとも腕に覚えがあったし、年中人手不足だと噂に聞く地上軍に入れてもらえば、活躍できる自信があった。
思い描く夢に踊らされていたその時の僕には、実際の戦場がどういうものなのかを知らなかったのだから。

軍に入ってすぐに、僕の持つ夢や希望といったものがいかに甘かったのかを知る事となった。

終わりの全く見えない戦いの日々。いつその裁きの光を降らせるか予測もつかない生活に怯え続ける人々。時と共に摩耗する神経。戦うほどに確実に減って行く、ついさっきまで仲間だった者達。

とどめは、つい一週間ほど前に届けられた訃報の知らせだった。

故郷に、ベルクラントが落ちたと。

(何をしてるんだ、僕は……)

街は壊滅。生き残りはなし。……いや、運良く二年前に村を出た何の力もない子供がここに一人のみ。
残されてしまうくらいなら、最期のその一瞬まで大切な家族と共にいればよかったという想いと、死ななくてよかったと生き延びた事に暗い喜びを感じる醜い想いがせめぎあって、心の中は混沌としていた。
いや、逆にそれは空虚といっても正しかったかもしれない。
全てに対する意欲というものが、根こそぎ奪い取られてしまったように、抜け殻の身体だけが、ただ生きていた。

そんなある日、いつもとどこか違った人々のざわめきに気付いて、特に行くあてもなく歩いていた僕は足を止めた。

「……ほら、あのベルセリオスの……」

「……ああ、妹の方か……」

視線の先に、全身雪まみれになって、自分よりも二回りほどは大きな体躯の人間を引きずるように担ぐ女の子の姿があった。実際死んだように力なく負われている人物の足元はズルズルと引きずられていて、通った後にはくっきりと雪が抉られていたりする。

だが、そんな一生懸命な彼女に近寄って手を貸す者は誰一人としていない。
なぜなら、あの子がベルセリオスの妹だから。人の域を越えた天才として、誰からも気味悪がられ、遠巻きにされていたから。
理由としては、ただそれだけなのだ。

「………っ!」

雪に足をとられたのか、背負っていた人もろとも地面に倒れた。道中何度も似たような事があったのか、二人ともますます雪まみれになって、周りからはそんな不格好さに陰ながらクスクスと嘲笑う声が聞こえた。
そういった反応は、はっきり言って気分の良いものじゃあ、ない。
だからといって手助けをできるほど、僕は強い人間じゃなかった。もうこれ以上失う物なんてないと思いながらも、彼女の同類として後ろ指をさされても毅然としていられる自信はない、所詮は臆病者なのだ。

(……こんな醜い自分が、一番嫌いだ……)

と、僕にとっては何ら無関係な光景に踵を返そうとした時、彼女に背負われて、まるで死んでいるかのように微動だにしなかった人物が、むくりとその身体を起こした。
そこでようやく俯けて見えなかったその表情が垣間見えたのだが、

(……………男か女かわかんないし……)

ゆっくりと立ち上がり、珍しい金瞳で無感動に辺りを見回していた。先程まで小さくざわめいていた人々は、途切れる事なく降り続ける雪の中、儚げでいてどこか凛とした一種独特の雰囲気に呑まれ、今やしんと静まり返っている。

しばらくして、とは言ってもほんの数秒の事だが、辺りを彷徨っていた視線が、足下で今だ蹲ったまま呆然と自分を見上げている彼女に留まった。

「………」

「あ、アンタ……………っ!?」

白く、形の整った指先が、彼女の顔や髪についた雪を優しく払っていく。見つめる視線は相変わらず何の温度も見られないようなものだったが、それがますます優しげな行動と相俟って、違和感のようなものを醸し出していて。

あらかた雪を払い終えると、ごく自然な動作で、座り込んだままの彼女に手を差し出した。

「………」

「………」

「……立たないのか?」

「……………え…?」

「………?」

目の前に差し出された手をただ呆然と見つめていた彼女は、それが引っ込められそうになった瞬間、勢いよく握り返していた。自分自身の行動に驚いたのか、目を見開いて相手を見つめていたが、時間が経つにつれだんだんとその顔が下がっていく。

そんな彼女の頬が僅かながらに紅くなっているのが見えたのは、この位置に立っていた僕だけだろう。

ふと気がついた時には、辺りはいつものざわめきを取り戻していた。それはまるで、何ごともなかったかのように。
でも、道のど真ん中に、何かを引きずったように削られた雪の跡が残されていて、あの二人が確かにここにいた事を物語っていた。

あれは、夢でも幻でもない、確かな現実。

行く宛てのなかった足は、自然と二人の足跡だろうものを追っていた。何の意図も、目的もなく。ただあえて言うなら、あの二人に会って、ちゃんと話がしてみたいといった所だろうか。

優しい現実が、この手に掴める予感がした。









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