・第零章 夢であるように番外編〜忘れられた時〜
ただ、独り(ハロルド視点)
兄さんがいない時は、いつもいつも一人で過ごしていた。
同年代の子達はこの異様な才能に気味悪がって近寄っては来なかったし、大人はプライドだけは高いくせに物事がわかったフリばっかりの者が多くて、自分よりも頭の良い天才を疎ましく思っていた。だからそれに影響されるように、子供だって近寄っては来ない。話しかけてこられても対応に困ってしまうのだけど、結局の所、いつも私は一人だった。

だから、あの時は本当にいくつもの偶然が重なったんだと思う。

普段時間を潰すために籠っていたラボに、大勢大人達がいて。
わざわざ居心地の悪い所にいることもないかと思って、まだ終わらせてなかったモンスターの生態調査に出かけて。
何となく、今日はちょっと離れた所まで行ってみようかって気分になって。

そしたら、拠点からは結構離れた森の中で、雪に半分埋まるようにして倒れている人を見つけた。

生きてるのか死んでるのか知らないけど、能無しで頭が堅いばっかりの偉い人達のせいで良くも悪くもならない、中途半端に退屈で居心地の悪い日々を送っていら私にとっては、ちょっとだけ興味をそそられるものだった。
近寄ってちょっと覗き込んでみたら、何でこんな所でぶっ倒れてるのかしらってくらいに整った綺麗な顔をしてて、今だ降り積もる雪を払った時に触れた肌は、同じくらいに冷たくて。

「死んでるの?」

何の感慨もなく、声に出してみた。
私にとって、この人が生きてようが死んでようが大して問題はないんだから。生きてたら、何でぶっ倒れてるのかとかそういう細やかな疑問が解けて、ほんの少しだけ退屈が紛れるだけ。死んでても、有機物の塊として放っておけば、いずれは自然界の法則に乗っ取って大地に環るだけ。

だから、頬に影を落とすほど長い睫毛が小さく震えた時だって、さして何とも思わなかった。

「生きてるの?」

瞼の下から現われた瞳は、月の光のように静かに優しい金の色をしていて、一瞬吸い込まれそうに感じる。だけど、変に惹かれそうになった理由はきっと、何も映していないあまりに無機質すぎるまなざしだったからだと思う。

「……生きて、いるのか…?」

無音の森だったからか、その小さな声は私の耳に確かに届いた。
その呟きはきっと、自分が生きていることへの驚きとか、疑問とか、そういうのじゃあない。生きるという言葉自体が、理解できていないのだ。
死んでいるのともまた違う。まるでただのモノであるかのように、ただそこに在るだけなのだ。それはもう、永久に溶ける事のない氷のように、不変に。

「……死んだの?」

自分の思考から戻って来た時、虚ろに空を見上げていた金瞳は、再びその色を隠していた。
とうとう死んだのかと。ならばさっさと立ち去ってしまって、今日の事は恨めしいほど良過ぎる記憶力のせいで忘れる事はできないけど、頭の隅に追いやってしまおうと思った。むしろ、見つけて声をかけた時からそうするつもりだった。

だから、そのまま立ち去らずに、本当にちゃんと死んでるのか確認しようと思ってしまった理由はわからない。

この身を刺すような寒さの中、雪に埋もれてぶっ倒れてるのだから今更だろうと開き直って、相手の服の袖をぐいっと捲ってしまう。
手首に触れた指先には、果たして振れているのかどうかもあやしいくらいの微弱な脈拍。
ついでに思い切って首元の襟も開かせてもらった時、服の隙間から、ソレが見えた。

胸元にある、手の平大のレンズ。

それがアクセサリの類でない事は、しっかりと埋め込まれている皮膚を見れば一目瞭然だった。

「ねぇ、生きてるの?」

返事はない。
首筋で脈を確認しようとしても、やはりはっきりとはわからない。口許に頬を近付けてみるものの、呼吸も感じられない。
普通に考えて、死んでいるのだろう。そう思った。

なのに、

「………生きてよ」

この人は、同年代の子達みたいに、気味悪がったりしないだろうか?だって失礼ながら言わせてもらえば、胸にレンズを埋め込んでいる方がよっぽど不気味で意味不明だ。

この人なら、大人達みたいに自分を疎んだりしないだろうか。だって、自分がいまここに生きている事さえよく分かってないくらいだ。変に頭でっかちな奴等よりよっぽどマシ。

この人なら、周りの態度なんかに影響されず、そばに来て話しかけてくれるだろうか。だって、こんな人気のない所で雪に埋もれながらぶっ倒れてるくらい独りなんだから。

私よりも明らかに大きな体躯を、一生懸命起き上がらせる。見るからに細身だったのは助かったけど、やっぱり意識のない人一人を運ぶのはかつてないほどには重労働で。

「……ぅわ…っ!?」

ぐらりと重心が傾いた瞬間、重みを支えきれずに顔面から雪の中に突っ込んだ。人目があるわけじゃないから恥も外見もないけど、なかなか情けない有り様にはなっていたと思う。

それでも、その人を運ぶ事はやめなかった。

何で今日はこんなに遠いトコに来ちゃったのよとか、でも、来なきゃこの人は見つけらんなかったしとか、果ては、何でこの世は雪なんてモンが降るのよっ!とか、普段ならありえないような理不尽な苛立ちさえ浮かんで来て。
とにかく、

「拠点、に着いたら……絶対に、叩き起こして……嫌がろうが逃げ出そうが、話し相手にしてやるわ…っ!」

最低でも三日は、この退屈から逃れられそうだ、いや、逃れさせてもらおうと思ったのだった。









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