「おお、来た来た!待っとったぞ、聖女を守る若き英雄諸君よ!」

操舵室にやってくると船長と思われる人物から盛大に歓迎された。

「聖女?英雄?どういうこと?」
「幾多の船を沈めてきた恐怖の象徴フォルネウスを、わずか五人で倒してしまった。さらに沈没の危機を、アタモニ神団のエルレインをも超える奇跡の力で救った!君達を英雄と、そして聖女と呼ばずして何と呼べと!」

興奮気味な船長のセリフに照れた様子で頭をかくカイル。

「へへっ、そんな……」
「浮かれるな。お前一人の力じゃない。それに、その奇跡の力とやらのせいでリアラもレイスも消耗してるんだぞ」
「わ、わかってるよ」
「無論、それも聞き及んでいるよ。この先にリーネという村がある。そこで休んでいってはどうだね?」
「でもさ、そうしたら船を降りなくちゃダメだよね?」

不安げなカイルに船長はにっこり笑う。

「それなら心配ない。この船はどのみち応急処置をせねば、スノーフリアはおろかアイグレッテに戻る事さえままならん。そこでだ。聖女様方にはリーネで休んでもらい、回復を待って陸路でノイシュタットへ向かっていただく。我々はそれまでに船を補修して、ノイシュタットで皆様をお待ちする。とまあ、こういう寸法だ」
「本人達はすぐに治るとは言っているが、リアラとレイスがいつ完全に回復するか実際の所わからん。ノイシュタットに着くのは遅れるかもしれないが、それでも構わないのか?」
「ああ、もちろんだ!君達が着くまで船は出さないと誓おう。なにせ命の恩人だからな」
「分かった。じゃあ俺達は、リーネって村に行ってみるよ」
「それじゃ、船を降りる時には声を掛けてくれ」

操舵室を出て、ロニは一人呟いた。

「リーネ、か。カイル、こいつはちょっとツイてるかもしれないぞ?」
「?」

わからない、というように首を傾げるカイル。

「お前、リーネって名前に聞き覚えないか?」
「これから向かう村でしょ?それがどうか……あーっ!もしかして!」

途端に顔を綻ばせるカイル。それに満足げに頷いて、ロニが話を続けた。

「そう、スタンさんの生まれ故郷だ。遠回りするハメになっちまったけど、災い転じてってヤツだ。スタンさんの妹……確か、リリスさんだったか?お邪魔させてもらおうぜ」
「うんっ!リーネかあ……楽しみだな!」

そんな風にはしゃぐカイルの後ろ姿を見ながら、ロニは胸が鈍く痛むのを感じた。

(スタンさんの生まれた村、か)

今ではもう成長したこともあってか、昔のように彼の名前を聞いただけで泣きそうになるような事はなかった。
それでも、心に負った傷は癒えない。おそらくこれから先も、ずっと。

「………」

ジューダスはそんなロニの様子を見てはいたが、何も言う事なくその場を去った。

『彼、どうしたんでしょうね。すごく辛そうで……』
「確かスタンは、旅に出ていると言っていたな」

カイル達と初めて出会った地下水路で、そんな話を聞いた気がした。

(だがアイツは、ルーティや孤児院を放り出してまで一人で旅に出るような奴だったか?)

そこがどうしても腑に落ちない。
スタンはあれでいて面倒見がよく、責任感の強い男だ。だからこそ、実の姉であるルーティが彼に惹かれていることに気付いても、あいつなら任せられるだろうと安心していた部分もある。
なのに、ルーティやカイルを放って。ロニにあんな表情をさせてまで、長く留守にする理由はなんだろうか。

「何かあったのかもしれないな、あの孤児院で……」

今度こそ守りたいと思っていたものは、とうに手遅れになっていたというのか?
そんな不安ばかりが渦巻く中、船は無事リーネの沖合に辿り着いた。



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