時の迷子は運命と巡り合う1
目を開いた俺の前には、鬱蒼とした木々の生い茂る深い森が広がっていた。大きく息を吸い込めば、汚染とは程遠いきれいな空気が肺を満たす。静寂は居心地の悪いものではなくて、風に揺れる葉音と鳥のさえずりが時折耳に届く。
自分がさっきまでいた世界では考えられない光景だった。
なぜなら…。

「今の世の中ここまでデカい蜂がいたら、養蜂場の方々はハチミツ採るのに毎回命懸けだわ。むしろ店頭に並んでるハチミツ見る度に、感謝と冥福を祈る必要ありそうじゃね?」

俺の目の前にあったのは森と木々と草花だけでなく、巨大な蜂の群れ。その大きさは実に五才の人間の子供並みか。
十何匹の群れが、俺を囲むようにして羽音を響かせていた。そのどれもが禍々しい殺気を放っているけれお、今まで襲って来なかったのはただ単に、いきなり何の予告もなくこの場所に現れた俺に戸惑ってただけなんだろう。
そんな金縛りも解け、今にものこのこと群の真ん中に降って湧いた獲物に襲いかかってきそうなピリピリとした空気が伝わって来くる。
俺は腰に帯していた剣をスラリと引き抜き、その切っ先を肩の高さまで、まっすぐ引き上げた。

「久々でどこまで動けるかね…ま、行きますか!」

その声が、戦闘開始の合図となった。





ものの数分で終わった戦いは俺の圧勝。当たり前だよなぁ、俺をナメんなよって。
その場に残っているのは、地面でキラキラと輝く大量のレンズのみ。
ふとそれを眺めながら、憂鬱な気分になった。

「本当に俺、帰ってきたんだな……」

俺は元はこの世界の住人だったけど、とある事故が原因で異世界へと跳んでしまった。そこは地球という全くの見知らぬ土地だったが、幸運にも親切な人に拾われ、そこで厄介になりながら過ごすこと約二年。
だがつい数十分前、なんの因果か再び元の世界へと戻って来てしまったのだ。

「“テイルズオブディスティニー”、ねぇ…」

厄介になっていた家には子供もいて、その少年からインドアなものからアウトドアなもの、おそらくはごく局地的なものと思われるものまで、幅広く遊びを教えてもらった。年は下だが、まるで兄貴分のように俺の手を引いてあちらこちらへと引っ張り回してくれたのは、地球でのいい思い出の一つである。
そこで教えてもらった、テレビゲームというもの。
何千タイトルとあるだろうそのうちの一つに巡り合えたのは偶然だったのか、それとも運命だったのか。知ってよかったのか、知らない方が幸せだったのか。少なくとも俺は、自分の中で整理をつけるまでにかなりの時間が必要だった。
だって、自分の生まれた世界がゲームとして描かれているなんて信じられないというか、信じたくない。
登場人物の中には俺の知っている名前もあったけれど、展開されるストーリーは俺がこの世界で生きていた時間軸上にはないもの。
決定的な証拠が無く、俺はいまだにこの世界とゲームの世界とをイコールで結びつけることができないでいた。

「立ち止まってても仕方ない、か」

行く当てはないが、とりあえず歩き始める。
実際ここが”いつ”で”どこ”なのか分からないから、目的地は定まらない。ここが確かに俺の世界であったことがわかるくらいだ。
もしうまく神の眼の騒乱の時代かそれ以降に来れているのなら、大きい街の図書館にでも行って歴史書の一つでも漁ればすぐにわかるはずだ。
ここが“いつ”で“どこ”なのかも。
本当に俺の世界は、あのゲームと同じ流れを踏襲したのかも。



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あきゅろす。
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