「……っ」

ひっく、と。
しゃくりあげる声にようやく停止していた思考を正常に働かせはじめた時には既に、零れそうなほど大きな瞳からは既に大粒の雫が流れ落ちていた。
しまった、呆然とする前にやらなければならない事はあったじゃないか。
後悔しても後の祭りだ。慌てて立ち上がったロニは、声も上げずに静かにしゃくりあげるナナリーの背をそっと叩いた。孤児院では年長者としてチビ達の面倒は見てきたものの、相手がナナリーとなるとどうにも勝手がわからない。その赤く長い髪が、十年後の成長した彼女の姿を否応なく思い起こさせるのだ。

「クソッ……こんな事ならまだ思い出さないほうがよかったぜ」

少なくとも、ホープタウンで病気の弟を世話するナナリーを見た時にはこんなもどかしさはなかった。はずだ、たぶん。
そう思って自分に舌打ちしたのだが、目の前の小さな身体はビクリと大きく揺れ、とうとう声を上げて泣き出してしまった。

「ご、ごめんなさ……ごめんなさいっ……」
「ち、違うんだ!ナナリーは悪くねえんだよ!!」
「だっ、て……ひっく、ルーがお、落ちたから」
「お前のせいでも弟のせいでもない!!ただの事故なんだよ……こんな状態なんだから、いつ瓦礫が崩れてきてもおかしくなかった!誰のせいでもなかったんだよ!」
「で、でもっ……!!」

一向に泣き止む気配のないナナリーに思わず空を仰いだ時、ぱこんと後頭部を軽い衝撃が襲った。

「なっさけないわねぇ。いつまで泣かせてんのよ」
「どうにかしようと頑張ってる最中だ!……ってハロルド!レイスは!?」

仁王立ちして呆れた視線を向けてくる天才科学者様はさっきまでの悲壮な表情を押し隠してナナリーの前にちょこんとしゃがみかみ、その小さな頭を優しく撫でながらにっこりと笑って言ったのだった。

「外傷に関しては特に問題ない範囲だわ。打ち身に打撲……シェイドの回復力ならレンズがなくても明日には綺麗に治ってるでしょうね」
「……そっか」
「ほ、ほんと?あのお姉さん、死んじゃってない?」
「あーら、そんなこと言ったら「勝手に殺すな」って怒っちゃうわよ?」
「その前にお姉さん発言に対してもんのすごく落ち込むと思うぞ」
「もう訂正するのがめんどくさいのよね〜」

ロニの発言を今更だと切って捨てたハロルドは、「とにかくどこか宿屋にでも運んでちょうだい。いつまでも道端に転がしとくわけにもいかないっしょ」とそれはもう高らかに命令してくれたのだった。
貼り付けたような笑みを崩すことなく。

「ほら、アンタも早く弟のところに行ってあげなくちゃ!さっきは気を失ってたみたいだけど、目が覚めて一人きりだってわかったら泣いちゃうわよ?」
「そうだっ、ルー!」
「お姉ちゃんなんだから、こんなとこで泣いてる場合じゃなーい!ね?」

頬を伝う涙をごしごしと拭ったナナリーは、先程ジューダスが駆けて行った道を走り出す。
それを見送りながらシェイドの身体を担いだロニは、そのあまりの軽さに勢い余って体勢を崩しかけた。以前、改変世界へ飛ばされた際に気を失ったシェイドを抱えた時にも同じ事を思ったものだ。
この軽い身体で視力も失い、それでもパーティー内では突出した強さでもって自分達をサポートし、守り続けてくれていたのか、と。

「目が覚めたら一発殴らせてもらうかな。いつまでも無茶ばっかされてたら俺達の心臓がいくつあっても足りねえや」





苦笑してシェイドの痩身を肩に担ぎ歩いていくロニの背を見送るハロルドが、今まで誰も見たことがないような悲痛な表情を浮かべていたのを誰も知らない。

「第六感なんて非科学的すぎるわ……何なのよ、この嫌な予感は」

強く握りしめられた拳が小さく震えていた。



[back][next]

43/45ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!