手に入れた未来1
正直、前方宙返りから二回半の捻りをつけた回転から、瓦礫を蹴って後方宙返りを決めるくらいの、馬鹿みたいに見事な着地を決めると思っていたのだ。
だって、彼はシェイドだから。
理由はそれだけ。たとえ腕に子供を抱えた上に結構な高さから落下していようと、かつては飛行中のイクシフォスラーから突き落とされても無傷だった彼だからこそ、誰も心配なんてしていなかった。

「……っ!シェイド!?」

落ちるままに体勢を立て直そうとしない様子に真っ先に声をあげたのはジューダスだ。もちろん滞空時間なんてそう長いはずもなく、非常事態だと気付いて駆け寄る間もなくシェイドは落下した。
ギリギリのところで身をよじったのだろう。子供に怪我がないよう背中側から強く地面に叩きつけられ、ひとつ軽くバウンドしたところまでが視界に焼き付いている。
落ちてきた瓦礫に潰されかけていたナナリーを助けたロニが、目の前でぴくりとも動きを見せないシェイドに声を震わせた。

「お、おい……なに、が……………レイス!どうなってんだよ!?」
「騒ぐな馬鹿者」

座り込んだまま混乱するロニの頭を通り様に一つ殴ったジューダスは、さっとシェイドのところへと駆け寄ったハロルドを追って歩きだす。
今、ここにいるのがトラブルを前にしても冷静になれるメンバー(ロニを除く)でよかったと思う。カイルやリアラがいたら騒ぐ二人を宥めるのにどれだけ苦労しただろう。
一見、自分勝手で我が儘でどこまでも自己中心的に思われるハロルドだが、ある意味シェイドの育て方がよかったのかその行動はとても的確だ。まず、シェイドが抱き抱えていた少年の様子を見て触診し、ショックで気を失っているだけだとわかるや否やすぐさま身を翻してロニの元へと走ってきた。

「ジューダス、あの子をどっか休ませられるとこに連れてって。なるべくシェイドを動かさないようにヨロシク☆」
「あ、ああ。わかった」
「あと、アンタはいつまで女の子抱きしめてんのよ。変態エロニの上にロリコンの称号ひっつけるわよ」

そしてロニからナナリーをひったくり、こちらも軽い擦り傷だけだと知って安堵の息をつきつつ、ようやくシェイドの傍に座り込んだのだった。
心配で心配でたまらなかっただろうに、子供達を優先して診るのはどれだけ不安だっただろう。シェイドがそう簡単に死んだりしない作りであるとはわかっていても、あの落ち方だ。普通の人間なら確実に死んでいると思えば、受け身もとらないまま落ちたシェイドがどんな状態かなんて想像もできない。

「シェイド……シェイド……っ!」

小さく呼び掛けながらも治療の手を止めない小さな背中を見つつ、自分もできる事から始めなければと少年を抱えた。まずは手近な自分達の宿に寝かせて、カイルとリアラ、シャルティエに起こったことを報告しなければ。しばらぬ一緒に行動していたらしいエルレインにも伝えておくべきか。そうなってくると、復興の中心となって動いていたらしいのだから街の人間にも知らせなければ不穏な噂が広まりかねない。やっと、人々が前を向きはじめたばかりだというのに。
ジューダスも、シェイドの状態が気にならないわけではなかった。
ただ自分があの場に留まったとして、何ができるわけでもないのもまた事実。自分ができることを、常に最善と思われる行動をとるのは、幼い頃から叩き込まれた上流階級というシビアな世界での生き残る術だ。
本当に大切なものを前にした時は、いつだって冷静になりきれずに、結局全てを取りこぼしてきた。そんな風に悔いた過去があるからこそ、今こうして宿屋への道を辿ることができる。
それでも駆ける速さは抑え切れず、ジューダスは雨上がりでぬかるむ道を全力で走り出した。


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