整った外見や珍しい髪色を持つためでもあるだろうが、とにかくシェイドは目立つ。遠くにいようとすぐに目につく。
そんな彼が何かしらの大きなアクションをとれば更に目立つのは必然というもので。

「あれ、アンタ。いつの間にかいなくなったと思ったらこんなとこで泥だらけになって……」
「老後に備えて土いじりの練習でもしてたのか?」
「意味わかんねえよボケるならもっとキレよくボケろ!」
「「アンタの言い分のほうがわけわかんねえよ」」
「それにな、今時のジジババ共はけっこうハイテクらしいぞ。近所じゃなくネットを徘徊して掲示板に書き込みするのが日課だとか」
「何かよくわかんねえけど凄いなオイ!」

そんな風に騒いでいれば当然のように人が集まってくる。もうダリルシェイドのほとんどの住人が顔を出しているのではないだろうか。見知った面影を持つ誰かを目にするたび、ジューダスはさっと視線をそらして顔を伏せていた。
ついこの前、とはいってもエルレインによって歴史が改変される前だから時間軸でいうと未来にあたるのだが、その頃の彼らはこんなふうに生き生きとはしていなかった。
身にふりかかった不幸を嘆き、一向に改善を見せない自分達の生活に不平不満を零すばかりで、教団からの支援に頼るばかりで立ち上がろうとしない。そんな印象しか残ってはいなかったというのに。

「あ、ばあさん!こっちこっち」

先程手を振ったのだろう老婆の元へと軽い足取りで駆け寄ったシェイドは、小さく腰を屈めて彼女と視線を合わせる。

「あらまあ、泥だらけの美人さんだね」
「色んな意味で一言余計だっつーのクソババア」
「まだまだガキのくせして何言ってんだい」
「泥だらけだけどカッコイイ若者がエスコートしに来てみたんだよ。お嬢さん、お手をどうぞ?」

そう言って差し出した手に、彼女はまるで少女のように頬を赤くてころころと笑い、シェイドの手に自分の手の平を重ねたのだった。
そのまま二人は、ついさっきまでシェイドが埋まっていた木の根本までゆっくりと歩みを進める。

「ちょっとフライングだけど、次の十九本目植えてみたんだ。」
「あらまあ、一本目よりかなり大きいじゃないかい?」
「いーんだよ。な、坊ちゃん」
「脈絡なく僕に振るな。お前の仲間と思われたらどうするんだ不本意極まりない」

一気に、周りの視線がジューダスへと向かう。
十八年経ったとはいえ、言い方を変えればたった十八年。ダリルシェイドで名を馳せた少年客員剣士の顔を覚えている人がいたって不思議ではないというのに。
こんな時ばかりは仮面がないのが残念だ。あんなものでも、世界との間に隔てる何かがあるだけでも気持ちは幾分楽になっていたのだから。

「シェイド……」

ジューダスの気持ちを知ってか、シャルティエが困惑した声をあげる。だがそんな彼らに、「大丈夫だよ」と明るい言葉がかけられた。

「シャルさんは知らないかもしれないけど、ジューダスは自分で仮面を捨ててきたんだもの」

ね、と小さく首を傾げるリアラには、出会った当初の危うげな雰囲気は一切ない。
デリスエンブレムに囚われ、仲間の声も届かない場所で孤独に戦ったあの時。彼に何があったかを知るのは当人だけだろうが、確かにこう言ったのだ。
邪魔だから捨ててきた、と。

「たくさん後悔したかもしれない。ジューダスだったら、自分が後悔することも許さなかったかもしれない。だけど……ううん、だからこそうつむいて、顔を隠し続ける必要はないって、オレはそう思うんだ」

ねーっ、と二人で声を合わせたバカップルの金髪頭の方に、ピコンと小型のハンマーが襲い掛かった。
ジューダスはまさか、自分が眠っている間にこの何倍もの質量と体積のあるハンマーに潰されかかっていたとは(幸いなことに)もちろん知らない。

「こーやって生きてて何が悪いのよ。所詮アンタはただのちっこい黒ずくめな元骨仮面のジューダスでしょ?ちっさいならちっさいなりに胸張っときなさいよ。余計にちっさく見えるわよ」
「ちっさい連呼するな!」

ぴこぴこぴこぴことカイルの頭を連打するハンマーを、大きな浅黒い手の平が止める。

「ハハッ。だけどさ……もし顔上げて胸張ってることを、誰かに何か言われたとしても、お前にはお前を肯定してる仲間もいるんだって覚えとけよ」
「……そうだね。人は、必ずしも万人に好かれるとは限らない生き物だから。それと同じってことですよ、坊ちゃん」

簡単に言ってくれる。
そんな苦笑を漏らしつつも、もうジューダスは俯いてはいなかった。
捨てた仮面を再び求めたくなった自分の心の、何と弱いことだろう。強くなったと思っていたのは勘違いだったのか、まるで自分だけ取り残されてしまった気がする。
そうだ、置いて行かれたくないのなら。

「おい、シェイド」
「何っすかたいちょー」
「一、ニ発殴られる覚悟はしておけ」
「えー、痛いの遠慮したいわ。むしろ二発ですむわけないじゃん、お前の実の姉だぞ?往復ビンタ五回の計十発は最低ラインとして見積もらなきゃ」

まずは彼らに、会いに行こう。
何を話すかなんて考えていたら足がすくんでしまうから、とにかく前へ進んでみよう。

「行っちまうのかい?寂しくなるね….」
「すぐってわけじゃないさ。二、三日後、ってとこか……それに、いつだって会えるんだから」

また遊びに来るよ。そう言えば老婆は、じゃあおにぎりいっぱい作って待ってるよ、とそう答えた。

「この木さ、ばあさんが見たかったものと違うってわかってる。だけど、俺にはこんなことしかできなかった」
「うん?……そんなことないよ」
「そんなことあるんだよ」

彼女が見たいと言ったのは、皆で頑張って植えた十八本の苗が成長し、大きくなった姿。

「これが、俺の精一杯。おにぎりのお礼。美味しかったから」
「そうかい。よかったよ……ありがとう」

しばらくは栄養のまわりきらない土を何とかするのに大変だろうけど、この木がしっかり根付いて、また何かの変化をもたらさんことを。

「お前はどうする?」
「私ですか?」

それまで黙ってこちらを見ているばかりだったエルレインは、話し掛けられるまでずっと何かを考え込んでいる風だった。
邪魔するのも申し訳ないと思ったが、エルレインの行動によりシェイドのこれからの身の振り方も多少は影響される。それで声をかけたわけなのだが。

「もうしばらく、あなたを見ていようと思います」
「別に構わないけどさ、俺なんか見てたって面白くも何ともないぞ」
「ご謙遜を。むしろ、観察対象としてはあまりに活動的すぎて大変なのよ」
「そりゃ失礼」

さあ、やることはいっぱいだ。
葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日を見上げるように一つ大きく伸びをしたシェイドは、腰に巻いていた上着を縛り直して歩きだした。
久々に日が出ているのだから、効率のいいときにできる限りの作業はやろう。
毎日毎日、昨日の頑張りを今日に積み重ねて、明日へと繋げていこう。

「人手はどんだけあっても足りないんだ。お前らも存分にこき使ってやっから覚悟しとけよ」
「ほどほどにな。体力馬鹿と同じペースで作業してたら僕達の身がもたん」

すれ違いざまにパンッと合わせた二人の掌は、ダリルシェイドの街に明るい音を響かせた。


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