覆水は盆に返るか1
いつかは来るだろうと思っていた。
遠くない未来だということもわかっていた。
だが、それがこんなにも唐突だなんて予想できなかたっただけのこと。

「あんた達、目障りなんだよ!毎日毎日無駄な事続けやがって!!」

しとしとと小雨の降る夕暮れ時、今日の作業もそろそろ終わろうとラストスパートをかけていたところにかけられた怒声。
最初は、雨音に紛れてほとんど聞こえていなかった。

「余所者のくせに!惨めな俺達を嘲笑ってるのか!?」

みすぼらしい男が仁王立ちして俺達を見下すような視線を向けているのも、決して俺達がかがんでいるからだけではないだろう。
むしろそのいかにも否定的な表情を見てようやく、聞き損じたセリフを理解したほどだ。
正直、この数日も街の人の疎ましげな雰囲気だけは感じ取っていた。
当たり前だが決して心地のいいものではなくて、「文句あるなら声に出して言えってんだよこのヘタレな低気圧量産方陰険野郎共が!」と何度叫び出しそうになったことか。

「そ、そうよ、余計な事しないでちょうだい!」
「ここは俺達の街だぞ!余所者が好き勝手するな!!」
「どうせ騒乱も知らないようなガキの気紛れなんだろうが」
「アタシ達の苦労も知らないくせに、善人ぶってるんじゃないよ!」

一人が喚き出せば、連鎖反応のごとく批判が次々とんでくる。
余所者余所者うるせえなあ。俺だってしばらくダリルシェイドに滞在してたし、十八年前の騒乱だって当事者だっつーの。てか誰がガキだコラァ!
これくらいの文句程度、クラウディスで丸一年暴力にさらされ続け、坊ちゃんの辛辣でデッドオアアライブなツッコミに耐え続けた俺には全くきかないな。多少はイライラするが。
だが、ただひたすらに人々の幸せを願い続けてきたエルレインには辛いんじゃないだろうか。
そう思っていたのだが。

「……エルレイン」
「何ですか?」

特に気にした様子もなく、黙々と瓦礫の撤去作業を続けていらっしゃいました。
さすがだぜ聖女様!今度からは敬意を払って姉御と呼ばせていただこう。

「なあ姉御」
「………」
「………」
「………」
「そっか、お前ツッコミじゃないもんな。完全にボケだもんな」
「?」

華麗にスルーされたので、姉御呼びはたったの一回で終了のお知らせとなりました。
というわけで閑話休題。

「あのさ、何が不満なわけ?自分達は何もせずにただ現状に打ちひしがれて、誰かが行動を起こせば糾弾する。俺には理解できねーよ」
「……前触れなく空が消えて、防ぎようもなく街が壊れていくのを見ているしかできなかった。お前みたいな若造に、あの時の俺達の恐怖がわかるか!?」
「確かにわからないさ。見てねーもん」

いくら当事者だといっても、その時の俺はダリルシェイド近郊の森の中で機能停止していたのだから。

「だからって、ただ諦めきってるだけのアンタ達みたいな奴等の仲間にはなりたくないね」
「何だと、この……っ!!」

図星を指されて悔しいのか、苦労も知らなそうなガキの言葉が頭にきたか、おそらく両方あるのだろうが、最初に怒鳴りこんできた男に胸倉を掴み上げられた。

「今の生活は楽だよな?あくせく働かなくたっていいし、アタモニの慈善事業団が生活物資だの食事だの用意してくれるし」
「なっ、」
「悲壮感漂わせてりゃ周りは勝手に哀れんでくれる。可哀相に、運がなかったねって。またこれから頑張っていこうって。だけどアンタ達は、十八年経っても動こうとしなかった」
「お前に俺達の何がわかるってんだよ!?」
「だから、わからねえって言ってんだろうが」

俺はいまだ掴み掛かられたまま、だがそれを振り払ったりせずにただ話し続けた。

「今この時、アンタ達がどんな考えでいるのかなんて、他人でしかない俺にはわかるわけねーよ。だけど……自分が動くことによって起こる変化が怖くて、どう転ぶか想像もつかなくて、何もしないままに手遅れになっちまった。その辛さなら知ってる」

俺は一度、全てを失った。
誰かから、色んなものを失わせた。

「こんなガキが偉そうに言えた立場じゃないけど、でも……このままでいいとも思えない」
「お前……」

俺は全てを失った後も、カイル達と旅をして少しずつ色々なものを手に入れ、取り戻した。
だけどこんな幸運、誰しもが得られるはずがない。

「俺みたいな後悔だけはしないでくれ」

襟元を締め上げていた腕から、ずるりと力が抜ける。まるで赤裸々に罪を露呈された人のように、膝をつき、うなだれる姿が何とも哀れで仕方なかった。



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あきゅろす。
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