さあっと風が吹き抜けるその一瞬だけ、まるで世界から音がなくなってしまったような気がした。
何てことはない。ただ、疑問に思っていた件を口に出して問うた。それだけだ。
無音になったと感じたのは、エルレイン自身がその問いに対して明確な答えを持っていない、そんな表情をしたからかもれない。
もしくは、自分がその点を疑問に思わなかったことに驚愕しているのだろうか。

「あなたも使っていないから、です」

やがてぽつりと、だが迷いのない答えが返ってきた。

「あなたの力も、私やリアラに匹敵するくらいに強大だ。最初は戸惑っているように見えましたが、今はもう制御の方法も理解できているのでしょう?」
「理解、っつーかノリと勢いだけで力を使ってるだけだけどさ」
「あなたは、そういう点に関してはとても器用な人だと認識しています。なのに今回に限っては、晶術の一つさえ使わない。ということは」
「………」
「こうやって泥まみれになっている事が、とても大事なのではないかと思ったんです」

どうも今回に限っては、彼女の原動力になったのは俺らしい。
片や自分を人間だと言い切った天地戦争時代の人形崩れ。
片や人間になりたいと望んだ神の御遣いたる聖女。
俺の行動に目がいってしまうのは当然といえば当然なんだろう。異なりはするが、限り無く近い俺達だからこそ。

「そんな大層なモンじゃないさ」

何かしらの返答を求めるエルレインに、俺は苦笑しながらそう呟いた。

「昔の仲間がこんな風に荒れた大地を人が住めるよう開拓していた頃、争いの発端だったレンズの力を封印して、死に物狂いで頑張ってたらしい。発達した技術も、先人の遺したものも全て捨てて」
「千年前……地上軍が勝利した後ですね」
「ああ」

これはこの世界に戻ってきてすぐの頃、半年の間で本を読み漁って知った事だ。

「カーレルも死んで、天上側の生き残りを受け入れて、新しい法や秩序を作って、急激な気候変動に合わせて生活様式を完全に変えて……きっと一番大変だった時に、一緒にいてやれなかった。十八年前に関してもそうだ。こんなレンズで動く人間モドキだってバレるのが恐くて、必死に戦ってるスタン達を見捨てる結果になっちまった」

皆は俺の事を「仲間とレアルタを救った英雄」だとか「慈愛の英雄」なんて語るが、実際はそうじゃない。
俺はどちらもタイミングよく逃げ切っただけだ。後に待つ苦しみも、悲しみも、すべてから上手く逃げおおせただけ。

「もう地上軍の皆はとっくの昔にいなくなっちまったけど……俺は、少しでも近付きたいのかもしれない。同じとはいかなくても、あいつらと近い視線で世界を見たいんだ」

ふとエルレインの顔を覗いてみるが、ちょうど日差しの陰になっていて表情までは読み取れなかった。
幻滅させただろうか。
もっと人間たるに相応しい理由があると思っていただろうに、俺なんて所詮こんなものだったのだ。
せっかく人に混じって生きていきたいと願っている彼女なのだから、もっと気の利いた返事をしてやるべきだった。



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あきゅろす。
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