「それとも、私はもっと怒るべきなんでしょうか?」
「………?」
「神は、消えました。私が介入してきた時も消えました。でも私は、今ここにいる。今度こそ人と共に……生きてみようと」
「……そっか」
「人間というものが、分からないんです」

唐突に、いつか見たような陰りを帯びた表情で俯くエルレイン。

「どんな時に、どういう行動をとればいいのか、普通なら何を感じるべきなのかが、分からないんです」
「その気持ちはまあ、わからんでもないな。昔の俺もそんなんだった」
「……だから、ついさっきお会いした旅の商人の方に、『人間行動原理ガイドブック〜これで今日からアナタも社交的に!!〜』とか、『人間心理学』とか、『お友達の作り方』とかを」
「ちょっと待て。買ったのか?」

だいたい本を売り歩いてる旅商人なんて聞いた事ねーよ!
しかも何だその今のエルレインに変にピッタリなような、むしろ逆に有害なようなジャンルばっかり……どう考えても詐欺じゃ……。

「ええ。10ガルドで」
「安すぎる!」

……実はすげー良心的な旅商人だったのか?

「いやいや、そういうのは本とか読んで覚えるモンじゃないんだってところを論点に話を進めたいんだ。俺だって一時期は似たような事してた事もあったけど……やっぱりそれは、ただの知識であって経験じゃない。肝心なのは誰かの意見じゃなくて、自分の意思なんだよ」

まだこんなに偉そうに説明できるほど、俺自身何かを悟りきってはいないけど、少なくともこれだけは言える。

「なあ、エルレイン。お前が今やりたい事ってないのか?」
「私、が……?」

それきりしばらく黙り込んで何かを考える風だったけど、辛抱強くそれを待ってみた。
少しばかり怖いのは、この雨に打たれつづけてる俺達の頭皮と毛根の将来だけど、今この状況で主張できる雰囲気じゃないことくらい流石の俺でもわかる。
だって、ツッコミがいない。

「私は……」
「ん?」
「人々を、幸せにしたい」

想定内の解答の一つだった。驚きはない。

「それは、フォルトゥナに言われたからとか、自分の使命だからとかだろ。そうじゃなくって、お前自身の意思を聞いてるんだ」
「それでも……今の私には、急には思い付きません。確かに、人々の幸せは私にとっては義務的な目的だったかもしれませんが……」

ふいに言葉を区切り、俺から視線を逸らしたエルレインが眺めていたものは、今だに希望を見出だせずにいるこの街の人々の姿だった。

「それに私は、あなたの目指す幸せというものを見てみたいんです。人に近付いてみて、あなたの築こうとする未来を知った上で、私のこれからを決めてみたい」
「ふーん……何か俺に対して目茶苦茶プレッシャーかけてない?」
「?」

無意識かよ。余計にタチ悪ィっての。

「ま、その考え方はいいのかもな。正解が何なのかなんて決まってるわけじゃないんだから」

とりあえず、上着を脱いで腰に巻き付けながら、街の入口の方へと歩き出した。

「何を?」
「ここら一帯のガレキ片付けるんだよ。名付けて『ダリルシェイド復興記』ってとこか」

うん、俺にしては珍しくマトモで意味が通じて面白みのない名付け方だな。

「本でも書くんですか?」
「……もういいから、お前も黙って手伝え」



[back][next]

6/45ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!