と馬鹿みたいに騒ぎながらも、他の皆からは見えない角度でこっそりと別の封筒を押し付けた。
途端、それまでのノリを引っ込めて訝しげに眉を潜めるバッカス。

「……何だ?」
「こっからマジメな話。これを必ずスタンの妹に届けてくれ。さっきのアホな手紙は、忘れようが故意に紛失しようがうっかり灰になるまで燃やし尽くそうがヤギに食べてもらおうが別に構わん」
「リリスちゃんに?……ってか、ホントにマジメに話する気あんのか、アンタ?」

気はあるんだよ。ただ、染みついちまったノリというのはなかなか制御しきれなくてさ。

「……ま、いいけどよ。顔だけはえらく真剣そうだし、引き受けてやる」
「サンキュ。あと、伝言頼むわ。“いつか空が見えなくなった時に読んでくれ”って言っといて」

これは、もしもの時のための最終手段として、かなり前から準備していた一つの手紙だった。
オレの予定じゃ、この世界ではもう二度とダイクロフトを宙に上げるつもりはない。もちろん神の眼も取り戻し次第、永久封印もしくは破壊に乗り出すつもりだ。
だけどもし、失敗したら?
グレバムの口から黒幕がヒューゴである事を聞き出せなかったら?
再びダイクロフトを世に出してしまったら?
……どこかで俺が、命を落としたら?
簡単にくたばるつもりはないし、人より丈夫なんだからそう易々とやられはしない自信はある。だけど、それだって100%とは言い切れない。もしもの可能性なんて、いつどこにだって転がってるんだから。
だから、そんなもしもが起こってしまった時の最後の鍵がこれ。
俺がいなくなったとしても、世界が二度と同じ道を歩まないようにするためのきっかけに繋がる全てを、覚えている範囲で書き留めた。
……っつっても、天地戦争の歴史から外殻大地の構造と破壊に伴う被害まで全部綴ったら、どこぞの研究レポートの束のごとくなっちまったが。

「空が見えなくなったら?……わけわかんねぇな。じゃあさ、そん時は俺も一緒に見て構わないか?」
「別にいいけど」

たぶん、リリスちゃんなら伝言通りにこの手紙を扱ってくれるだろう。
空が見えなくなった時、いわば外殻大地の出現だ。そんな明らかに異常な状況下で手紙の中身を読めば、その深刻さに気付いてスタンに尋ねるか、ダリルシェイドにいる陛下の元へと足を運ぶはず。俺の名前の入った手紙なら、どっちに転んだとしてもちゃんと目は通される。
何もなければないで、そのまま忘れ去られてしまえばいい。たとえ読まれたって、平和な世界でのリリスちゃんにとっては意味の分からないような事しか書かれてないしな。
あとはレイ次郎辺りに伝われば、少なくとも前ほどの被害にはならないだろうし……あれ、いつの間にか真剣モードオフか、俺?

「もうスタン、遅いわよ!」
「ごめんごめんっ、ちょっとゴタゴタしちゃってさ……」

アイスキャンディーの袋片手に走って来たスタンを見て、バッカスは手紙のせいで大きく膨らんだポケットを軽く叩くと、どこか意味ありげな視線をよこした。

「じゃあな。手紙はちゃんと渡しとくぜ!」

案外聡いヤツで助かったぜ。



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