全ては繋がり、動き出す1
カーテンの隙間から差し込む朝日の光で完徹した事に気付いて、ちょうど読み終わった『オベロン社の歴史』とやらをパタンと閉じた。
「さすがに一晩で書庫制覇は無謀か」
某童顔小柄な天才様のスゴさが改めてわかるってもんだ。俺じゃ、何だかんだで52冊しか読めなかったし。(という心の声に「それで“だけ”かよッ!?十分人間離れしてんだろ!!」とツッコんでくれる某ふられなエロニのような奴は残念ながらいなかった)
「特に目立つ変化はなかったけど……」
天地戦争というものが、この時代では歴史としては残されていないことがわかった。すべての歴史書は戦争終結後、事態がだいぶ丸く治まってからの事しか書かれてなかったし、ましてや神の眼なんてフレーズは見当たりもしない。
「……とりあえず、気分転換にでも行くか」
今のところは動きようがないしな。
昨日から考え抜いた末の俺の決断は、「悩むよりかは見切り発車」、「当たって砕け散れ(!?)」、「成るように成るのが人生さ」の三つだったり。
え?ちっともイイ事言ってないって?気のせいさ♪
むしろワ〇ントンの米国独立宣言とか、キ〇グ牧師の公民権運動並に素晴らしいと俺は訴える!全米国民からクレーム来そうだが。
「あれ、マリアンさん?」
「あら、おはようシェイド。早いわね」
「まあな。アレ読み終わったトコだし……あ、昨日はありがとう」
昨日の夕方、本を取りに行こうとしたら書庫の鍵が閉まってて、ちょうど通りかかったマリアンにヘルプを頼んだのが、今回の出会いだったりする。
ちなみにそん時、前と同じようなやりとりで敬語はやめてもらうのに成功して、今のようなフレンドリーな会話に至る、と。
「そ、そう。読み終わったの……?」
「ああ。マリアンどっか行くのか?」
視線の先の彼女は、こんな朝っぱらだってのにちゃんとメイド服着て、しかも手には買い物カバン。
「港の方で朝市があるから、ちょっと見に行こうかと思って。シェイドも一緒にどう?」
「あれ、デートのお誘い?」
「フフフッ、おかしな事言うのね。女の子同士の買い物みたいなものじゃない」
そして朝も早くから俺は、港までの道中で自分の性別についてをみっちり語り尽くすハメになった。ぶっちゃけ完徹52冊読破よりもよっぽど疲れたとだけ追記しておこう。俺の密かな悲しみを受け止めてくれる心の日記帳に……。(そんな物があったのか?)
「マリアン、荷物持つよ」
「そんな、いいわよ。それにこれ重たいし……」
「だから持つって言ってんの。頼むから男としての尊厳くらいは保たせてくんない?」
「そ、そうね、ごめんなさい……」
そんなやりとりもしながら、少しばかり賑わう朝市をウロウロしていると、少し離れた場所で少しざわめきが聞こえてきた。
「何かしら?」
不審に思いながらも視線を向けた先にあったのは、大の男が五人がかりで運ぶ巨大な神像のようなものが。
「カルバレイス行き……」
「カルビオラへの寄進かしら?あの街にも神殿があるらしいものね」
行き先はカルビオラで間違いないな。そして、あの中身も。
いっそここでケリをつけるか?そしたら、後の悲劇は全て回避され、グレバムとヒューゴ……いや、ミクトランの計画は全てが水の泡。
どんっ
「……っと、すみません」
「あら、ごめんね?」
軽く肩がぶつかっちまったおばさんと、小さく会釈する。
ダメだ、こんな人の多い場所で事を起こしたら巻き込んでしまう。だからって船に乗ったところで、他の無関係な乗客乗員もいるわけだし。
あれこれ考えているうちに、荷を納めた船はゆっくりと港を離れて行った。
「シェイド、どうかしたの?」
「……なあ、マリアン……どっか逃げちまうか」
「え……?」
リオンに絡み付いている大きな鎖の一つは、今現在親友というポジションに着いていない俺を除けば、間違いなく彼女だ。少なくとも、身を隠すなり安全な所へ逃げるなりしてくれれば、アイツは自分の身を守る事に重点が置ける。でも、
「なーんてな。冗談だって」
「………」
果たしてそれで良いのか?
「……駄目よ。私はあの屋敷からは離れられない。離れちゃ……いけないの」
マリアン?
「リオン様を息子として接する事のないヒューゴ様と、そんなヒューゴ様を父親として見なくなったリオン様……お二人が親子としての何かを持っているとしたら、それはもうあのお屋敷だけなの。そして、自惚れているとはわかっているけれど、リオン様をあのお屋敷につなぎ止めているのは、唯一私だけ」
「気付いてたんだ、あの邸の中の異常さに」
温度のない会話とやりとりが続く毎日。同じ家に帰って来ているはずなのに、そこには家族という鱗片さえ見えない空間で。
「でも、まだ諦めたくないの。きっといつか、お互いが歩み寄って、分かり合える日が来ると信じていたいの。だから……それまでは、あのお屋敷で帰って来たリオン様に、お帰りなさいって言ってあげたいのよ……」
「そっか……悪かったな。変な事言って」
「いいのよ。シェイドは私とリオン様の為を思ってそう言ってくれたんでしょう。私の方がお礼を言いたいくらいだわ」
マリアンが、自分の身の危険を薄々感じながらもこうして決意を固めてるってんなら、俺だってそれ相応の覚悟を決めてやる。
絶対、最後の最後まであきらめたりなんかしない。
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