4 「マリアン!」 突然駆け込んで来た少年の姿に、マリアンと呼ばれた女性は驚いて振り向く。 「リオン様、どうかなさったんですか?」 「……そんな呼び方はやめてくれ。ここには誰もいないんだ」 少し拗ねた風な物言いに、マリアンはクスッと笑って穏やかな視線を向けた。 「そうね。ごめんなさい、エミリオ。でもあなた……きゃ!」 何か言いかけた所で、マリアンは手に持っていた茶器をうっかり滑らせてしまう。 「大丈夫か?」 「え、ええ、ごめんなさい。私ったらつい……」 「いや、急に話しかけた僕が悪かったんだよ」 そう言って、ちょうどカーペットの上に落ちて割れずにすんだ茶器を広い上げる。と、屈んだ際に、首元でシャラリと音がして、リオンはとっさにそれを押さえる。 「はい、これ」 「ありがとう。でもエミリオ、あなたいつもそれを身に着けてるのね?」 それ、と指差した先にあるのは、普段は服の中に隠しているペンダントだった。 「……物心ついた時にはすでに手元にあったから、なかなか手放せなくて」 「私がここに来る前からあったものね。きっと、誰かがあなたの無事を祈ってプレゼントしたのよ」 「海難避けだぞ?船員でもないのに」 「それでも、贈り物っていうのは誰かのためを思っての物よ。だから……大事にしなきゃ、ね?」 「ああ、そうだな」 リオンも、普段とは違う柔らかな笑みをマリアンに向け、そのまま踵を返す。 「あ、エミリオ!」 「?」 「……気をつけて、お行きなさい」 「ああ、行ってくるよ」 零になった世界に、たった一つ残された小さな雫。 そこに存在したという証は、決して消えたりはしない。 [back][next] [戻る] |