「マリアン!」

突然駆け込んで来た少年の姿に、マリアンと呼ばれた女性は驚いて振り向く。

「リオン様、どうかなさったんですか?」
「……そんな呼び方はやめてくれ。ここには誰もいないんだ」

少し拗ねた風な物言いに、マリアンはクスッと笑って穏やかな視線を向けた。

「そうね。ごめんなさい、エミリオ。でもあなた……きゃ!」

何か言いかけた所で、マリアンは手に持っていた茶器をうっかり滑らせてしまう。

「大丈夫か?」
「え、ええ、ごめんなさい。私ったらつい……」
「いや、急に話しかけた僕が悪かったんだよ」

そう言って、ちょうどカーペットの上に落ちて割れずにすんだ茶器を広い上げる。と、屈んだ際に、首元でシャラリと音がして、リオンはとっさにそれを押さえる。

「はい、これ」
「ありがとう。でもエミリオ、あなたいつもそれを身に着けてるのね?」

それ、と指差した先にあるのは、普段は服の中に隠しているペンダントだった。

「……物心ついた時にはすでに手元にあったから、なかなか手放せなくて」
「私がここに来る前からあったものね。きっと、誰かがあなたの無事を祈ってプレゼントしたのよ」
「海難避けだぞ?船員でもないのに」
「それでも、贈り物っていうのは誰かのためを思っての物よ。だから……大事にしなきゃ、ね?」
「ああ、そうだな」

リオンも、普段とは違う柔らかな笑みをマリアンに向け、そのまま踵を返す。

「あ、エミリオ!」
「?」
「……気をつけて、お行きなさい」
「ああ、行ってくるよ」










零になった世界に、たった一つ残された小さな雫。
そこに存在したという証は、決して消えたりはしない。



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あきゅろす。
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