零の中の1
俺という存在は、歴史の修復という抗えない力からは逃れる事ができた。
だが、その代償も大きかった。
大切な仲間も、家族と言ってくれたアイツらも、その人達との掛け替えのない思い出も、俺という人物がそこにいたという証さえも、全てが、零に。










謁見の間に一歩足を踏み入れた瞬間、覚えのあるヤツの気配に一瞬だけ感情が荒ぶる。

『シェイド?』
『どうかしたの?』
「いや……」

とは答えたものの、顔を上げた先にいるヤツの姿を見て、思わず眉間にしわがよる。
って、今はこんな私情挟みまくってる場合じゃないよな。
そう、今は。

「お初にお目にかかります、国王陛下」

昔、初めてここに来た時と同じように、膝を突いて頭を垂れた。俯いて自分の足下を見ながら考えるのは、今、目の前にいる陛下は、もう俺の知ってる陛下じゃないってコト。
飛行竜の任務で生死不明になった時にすごく心配してくれたり、暇だからって急にお茶に呼び出したり、賭けポーカーで国家予算がヤバくなるほど惨敗したり、イスアード様と三人で日々エミリオを弄り倒す計画を練ったり、その時にかかるであろう経費を負担してくれたり、バレた時の後ろ盾……ならぬシャルの盾(いくらエミリオでも陛下には面と向かって剣は抜けない)になってくれた陛下は、もう……。

「構わん、楽にしてよいぞ」

その声に、ゆっくり顔を上げる。
と、目に入った陛下の表情は、初めて会った時のような厳格さはなくて、

「色々聞きたい事もあるが、まずは礼を言わせてくれ。私の国の民を助けてくれた事、感謝する」

まるで、俺が知ってる陛下みたいな、穏やかな笑みを浮かべてた。

「いや、そんな、俺なんかに礼なんて……事実だけを見れば、俺はただの密航者ですし」
「あー、その件についてだが」

脇に控えていたドライデン様が、何となく気まずげに咳をして、俺の言葉を遮った。

「無事に帰り着いたクルー達は、誰一人その事実を認めておらんでな……聞けば、突然に空から降って来たというではないか?」
「はあ、まぁ……」

まさに言葉通りなワケで。

「危機的状況に颯爽と現れ、大勢の命を救ったそなたをクルー達は天使(の仮面を被った悪鬼)のようだったと話していてな」
「……………は?」

てんし?テンシ?
……………ってアレか、天使かっ!?
誰が?
……………………もしや俺かっ!!?
ヤバいぜ俺。突然のファンシーなワードに飛行竜の演算までこなした俺のブレインがオーバーヒート起こした上に処理速度がスローダウンしちまったぜ……何でこんなに横文字多いんだ?

「まさか、救い出したクルー達から、天使(の仮面を被った悪鬼)と称されている者を刑罰に処するわけにもいかんのでな……(後からどんな仕打ちが返って来るやもわからぬし……)」

何かさっきから言葉の端々に心の声が混じっているように思えるのは、俺の気のせいか?

「じゃあ俺は、お咎めナシですぐに解放されるってコトですか」
「いや、そこでだ」

今の今まで意識しないよう、視界の外に弾き出していた人物が声を出す。

「感謝の意を込めて、私の屋敷に招待したいと思ってね。どうだろう?」

笑みをたたえながらも、少しも笑ってないヒューゴの目が、俺を見据える。
セリフは疑問系だけどよ、どう考えても俺に拒否権なくないか?おそらく陛下からの好意できてんだろうし、断ったらメチャクチャ不敬罪極まりないじゃん。

「……失礼ですが、あなたは?」
「オベロン社総帥、ヒューゴ・ジルクリフトだ。君と共にダリルシェイドに来たリオンの、父親にあたる者でね……」
「………!」

まただ……ここにもまた違いが出てる。

「屋敷では不自由はさせん。剣の腕はよいと聞いたからな、リオンならば不足はないだろうし、必要な物があれば用意させよう」

何がなんでも俺を引き止めて、手駒にしようって魂胆丸見えだぜ。マジムカつく野郎だな。

「……お言葉に、甘えさせていただきます」

ま、敵の懐に忍び込める丁度いい機会だ。前みたいに呑気にダラダラ過ごしたりはしない。何としてでも突破口開いてやる。

「では、早速ですが要求が一つ」
「何だ?」
「最も正確だと思われる歴史書を一冊、用意していただきたいんですが」

とりあえずは、他に何か変わったトコがないか調べるのが先決。ついでに、ディムロスとアトワイトがおとぎ話だと言い切った天地戦争時代についても。
前みたいにのんびり蔵書の全制覇みたいな事してるヒマはないから、必要最低限の知識を、できるだけ正確に、そして可能な限り速く得なければならない。

「ならば、私の書庫から好きなものを読むといい。これでも考古学をやっていてね……蔵書の数は豊富だ」
「そうですか。ありがとうございます」

ぺこっと頭を下げると、横に控えてた兵士が一人寄って来て、俺の手からディムロスを預かる。そのまま、ヒューゴの屋敷まで案内するというのを、丁重にお断りした。

「ダリルシェイドに来た事がある者なら、オベロン社総帥の屋敷は誰でも知ってますからね」

それだけ言って、陛下に一礼して退出した。
途端、思わず思いっきりため息をついたり。

「ったくあの野郎……疲れるような腹の探り合いなんかさせんじゃねぇよ」

まるであれは、針の先で針の先をつついているような……って、かなり難しいな。二階から下にいるヤツと心のつながりを極めて目薬をさすような、おそらくその速度でホントに当たったら眼球痛ェだろと思うのは俺だけか?……って、コレは意味違ぇし!しかも脱線してるしっ!



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