熱で潤んだ瞳では顔形までは分からなかったが、強く目を魅く色が印象的だった。

(あ、お……?)

空の色とも、海の色とも異なる、輝くような、あお。
冷たさも、暖かさも、全て内包しているような、あお。

「起きたのか?」

優しく問い掛ける声と、髪を梳くように頭を撫でる指先は肖像画でしか知らない母親のようでもあった。
けれど、彼女は違う。
母はこんな色を持ってはいないし、女性だというなら指だってもっと細くて、声は軽やかなはずだ。

「だれ……?」

少なくとも、ヒューゴ邸の使用人で、こんなに目立つ髪色の人間はいなかった。
そして、こんな風に優しく接してくれる人間も。

「気にすんな。熱が高いみたいだから、まだ寝とけ」

大概勝手な言い分だと、熱で働かない頭の隅でかすかに思った。
見も知らぬ人間が側にいて、安心も何もないだろうと。
そして、それを察したのか、目の前の人物は苦笑を漏らしたかと思うと、ベッドから立ち上がり部屋を出て行こうとする。

「………?」

気がつけば、少年は相手の服の裾を引っ張っていた。
完全に無意識下での行動。何故こんな不審人物を引き止めようとしているのか、何故こんな見知らぬ人間に、側にいて欲しいと思ってしまったのか。
お互いに硬直してしまって、少年が自分のしてしまった行動に、しまった、と手を引っ込めようとした瞬間、その手は逆に握り返されていた。

「……何、を……っ」
「縋る事は、みっともなくなんかないさ」

再びベッドに腰掛け、何かを回顧するような声色で語りかけてきた。もちろん、手は握られたままだ。
その手が想像とは違って冷たい事に驚いたが、前に誰かが、手の冷たい人は心が暖かいと言っていたのを思い出して、きっとコイツはその類なんだろうと、訳もなく思っていた。

「いつも他人に寄り掛かってばっかりな、そんなヤツになれとは言わない。きっとお前はこれから、一人でも立っていられる強さを見つけるだろうし、そうせざるを得ない状況に置かれるとも思う」

滔々と語られる自分の未来像。ぼうっとした頭では、瞬時にその意味を理解はできなかったが、相手が、とても大切な事を言おうとしているのが伝わって来たから、一生懸命に耳を傾けた。

「でもな、どうしても辛くて、悲しくて、一人じゃどうにもならなくなったら……」

心の奥で、この言葉を胸に刻めと、誰かが叫んでいるようだった。

「手を、のばせ」

ますます強く握られる、手。

「きっと、お前が助けを求めてのばした手をとってくれるヤツはいる。今はいなくても、これから先、必ず現われる」

それと同じくらいに、力強い声。
ありきたりな幻想だと笑い飛ばしてしまえるような話だったが、何故か目の前の相手が言うと、それが現実に起こり得る気がした。

「俺も、今度こそ助ける。お前の手を、決して離したりはしない」

熱で浮かされた頭では、ここまで聞くのが限界だった。
必死に瞼を閉じまいとしていると、それに気付いた相手は、少年の視界をその冷たい手のひらで覆い隠す。

「聞いてくれて、ありがとうな……もう眠れ」

その言葉がある種の呪文か何かのように、意識はすうっと闇へと落ちた。



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