2
翌朝、出発の準備を整えたナナリーは一人、ルーの墓に来ていた。
「おはよ、ルー。姉ちゃん、今からちょっとカルビオラまで行ってこなきゃなんないんだ。だから、しばらくは来れなくなっちゃうけど……」
その時、すぐ後ろで草を踏み締める音がして、ナナリーはハッと振り向く。
そこに立っていたのはレイスだった。
「悪い、邪魔したか?」
「いや、アタシもそろそろ戻ろうかなって思ってた所だったから……何か用かい?」
「皆に手伝わせて作れるだけの薬、作っといたからさ。その報告」
「そっか、助かるよ」
そう言うと、再び墓石に視線を落とす。
「……もしあの時、レイスが村にいてくれたら……ルーはまだ生きてたのかな」
心ここにあらずといった風に呟いた。
「元気に走り回ったり、時々イタズラとかして、アタシに怒られたり……ああ、カイルとは年が近いから、いい友達になったかも」
クスクスと笑いながら、ナナリーは話し続ける。もしかしたら有り得たかもしれない、夢の中の未来を。
「どうだろうな。俺がその病気を知らなかったかもしれないし、たとえ知ってても、治療する方法があったかどうかもわからない」
「でも!!……知ってたら、死ななかったかもしれない!薬があれば、生きてたかも……!!」
それは、いつまでも付きまとい続けるナナリーの悲しい想い。
もし、とか、だったらとか、ありもしない幻想を作り上げては、残酷な現実に裏切られてきた。
「一時の夢に浸るくらい、誰も咎めたりしないさ。ただ、その後にちゃんと目の前の現実を受け止めてくれりゃいい……言うだけなら簡単だけどな」
レイスはナナリーの横に並んでしゃがみ込み、石碑にそっと触れた。
「ナナリーが現実を否定するって事は、最期まで生き続けたルー自身を否定する事だ。今は死んでしまったけど、確かに、そこにいたんだろう?」
今は、触れた手に伝わるこの石の冷たい温度こそが、偽りのない現実。
「ルーは、生きてたんだろう?」
「……うん。生き、てたよ……最期までずっとアタシの名前呼んで……頑張って、生きてたよ……」
それ以上何も言う事無く、膝に顔を押し付けて縮こまるナナリー。レイスからは、泣いてるのかそうでないのかは分らなかったが、別にどちらでもよかった。
泣きたいのなら泣けばいいし、泣かないのなら、それはきっとナナリーが目指す強さだろうから。
「……頭では、分ってるんだ。でも心が、夢見る事をやめられない……」
「うん」
「……ルーがいて、アタシがいて、村の皆も笑ってて……そんなの見ちゃったらさ、目覚めたくなくなっちゃうんだよ」
「うん」
「もう少し……もう少し、って。でも、起きた時には何も残ってなくて……」
「うん」
村全体が、朝を迎える気配がする。微かに聞こえてくる物音や話し声。漂ってくる朝食のにおい。
ナナリーは突然立ち上がって、ぐっと伸びをした。
「夢見る事をやめるなんて、アタシにはできない。でも……」
その声はとてもしっかりしていて、レイスは、ああ、泣いてなかったんだなと思った。
「夢から覚めるのを、怖がったりしないよ。それがアタシの……現実だから」
ナナリーも墓石にそっと手を触れ、その温度を感じる。そして、ルーの墓に背を向けた。
「行こうか、レイス!のんびりしてたらカイルがまた寝ちまうかもしれないからさ」
そう言って引かれた手をレイスはぎゅっと握り返し、自分も立ち上がって、歩き出した。
「でも俺が出て行こうとした時にはまだ眠ってたからな……二度寝以前の問題だと思う」
「そうなのかい?じゃあ、出発までにはまだかかる、か」
「いや、どうかな?そろそろアレが……」
ガンガンガンガンガンガン!!!!!
「………」
「リアラってばいつの間にか腕上げたな……。こりゃ、リリスさんレベルまで後少しじゃん」
二人は、けたたましい騒音の鳴り響く方へと歩いて行った。
耳をふさいでうなだれているロニとジューダスを見掛けるのは、この一分後の事である。
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