それは何よりも残酷な1
それから約一か月。

「うーん、参ったな……」

レイスは目の前にいる子供の胸にぺたりと片耳を付けながら、小さく唸った。

「……どうかしたの?」

そばに控えていたナナリーが恐る恐るといった感じに尋ねる。

「たぶん、気管支喘息みたいなんだよな」
「ゼンソク……病気なのかい!?」
「いや、病気っていや病気だけど、わりと子供にありがちっていうか。この子の場合、おそらくだけど大して酷くない。ただ、あれって夜になって酷い発作が起こったりするから……」
「あの、どうすれば?」

子供の母親がすがるように聞いてくる。

「夜はなるべく空気のキレイな所で寝かしてあげて。あと、この村では難しいかもしれないけど……動物には近付かないように。羽毛の枕もアウト。カーペットとか敷いてるんなら、それもない方がいい。アレ、埃の宝庫だから」
「は、はい」
「もしも発作が出たら、寝かせずに座った体勢のまま、水を飲ませてあげて。もし呼吸に雑音……ガラガラとか、ゼエゼエとか、そんなんが混じってたら、こう」

と、レイスは子供の背中をとんとん、と叩く。ちょうど肺の裏あたりか。叩かれた子供は楽しそうにケラケラと笑った。

「背中を叩いて、痰を出してあげて」
「上手くやれるでしょうか……」
「発作が起きて一番辛いのは子供の方だ。お母さんが自信持たなきゃ、子供はもっと不安になるぞ」

厳しいセリフではあったが、正論だ。母親の方は良いプレッシャーを与えられたらしく、神妙に頷いた。

「一番の治療法は身体を鍛える事だ。このタイプの喘息は、歳を重ねるうちに自然と治ることが多い。というわけでほら、ロニ達のトコ行って遊んでもらえ」
「うんっ!!」

飛び出して行った子供を追って、深々と頭を下げてから母親も出て行った。
ホープタウンに来て、レイスはその豊富な知識を生かして医者の代わりを、ロニとジューダスは子供達の戦闘訓練、もとい遊び相手をしていた。

「それで、さっきは何で困ってたのさ?」
「もしも発作を起こした時の薬がないんだ……吸入薬があればいいんだけど、それするための器具も薬もないし……むしろ、気管支拡張薬ってこの世界にあるのか?何で代用できるんだ?」
「??」

わけの分からない単語の羅列にぽかんとするナナリー。それに気付いて、レイスは苦笑しながら言った。

「一応アイグレッテで薬買って来てくれないか。喘息の発作を抑える薬って言えば分かると思う」
「わ、わかったよ。そろそろ他の薬も減ってきてたから、ちょうどいいかもね。さっそく行って来るかな」
「え、今からか?」

レイスが驚いている間にも、ナナリーは着々と出かける支度をする。

「早ければ早い方がいいからね。何かあってからじゃ遅いし、さ」

それもそうだなと相づちをうち、立ち上がってグッと伸びをしたレイスは、外へと出て行った。

「あっ、レイスねぇ……じゃなかった、兄ちゃん!!」

レイスの姿を見つけて、子供達が駆け寄って来る。

「おいコラ、誰だ今姉ちゃんって呼びかけたヤツは!」
「きゃーっ!!」

目が見えないにもかかわらず、笑いながら逃げる子供達を追いかけて走るレイス。
さっきまで相手をしていたロニとジューダスは、呆れたような感心したような目でそれを見ていた。

「つ・か・ま・え・たー」
「ごめんって、レイス兄ちゃん!もう間違わないからっ」
「よーし、許してやる。その代わり……ロニを総攻撃だー!」
「ゲッ!!?」

レイスの掛け声と同時に、子供達が一斉にロニに向かって走り出す。

「何で俺なんだよぉォォッ!!」
「頑張れ、実年齢最年長」
「まだ言うかぁッ!!」

ロニがボコられている光景を横目に溜め息をつくジューダス。

「疲れた?」
「……お前はいつも元気だな」

そりゃもう、とレイスが笑っていると、準備ができたのかナナリーがこちらに近付いてきた。

「今から行けば、明後日の昼頃には帰れると思う」
「ああ、頼む。それと、もし俺らの仲間見つけたら回収よろしくな」
「分かってるよ。カイルとリアラ、だろ?じゃあ、行ってくるね!」

レイスは子供達に向かって声を張り上げた。

「おい、ナナリーが今から街まで出かけるってさ。お見送り!」

そう言うと、ロニに群がっていた子供達はこちらに駆け寄ってきて、口々にいってらっしゃいと言う。
そのまま見送られながら、ナナリーは村を出発した。

「どこへ行ったんだ?」
「薬がなかったからアイグレッテまでお使いに。ところでロニ、生きてるか?」
「………(沈)」
「返事はない。ただの屍のよう、」
「勝手に殺すんじゃねぇ!!」

がばっと起上がったロニは、レイスの何か企んでいるような顔を見て、サッと青ざめた。

「何だ、まだまだ元気そうじゃん。というわけで、ナナリーいねーから今から晩メシ作るの手伝え」

そう言ってロニの首根っこを引っ掴み、ずるずると引きずって行った。

「さて、まずは材料確保だ。行くぞ」
「狩りからかよっ!?」


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