運命を知る者は歩みはじめる1
「あ、言うの忘れてたけど俺、ウッドロウ王のとこには行かねーから」

ハイデルベルグに着いて、レイスの第一声はこれだった。

「ええ、どうして!?英雄王だよ!」
「いや、だって興味ないし、英雄に会いたくて来たわけじゃないし。じゃ、そういうことで」

カイル達が止める間もなく、さっさとどこかへ行ってしまった。







「さて、と……」

仲間と別れ、一人街中を歩きながらこれからの事について考えていた。
あともう一時間ほどもすれば、ハイデルベルグ城は飛行竜による襲撃を受け、バルバトスによってウッドロウは負傷する。
だが、レイスとしては何としてもその事態を避けたかった。

「おそらくカイル達と一緒にいたんじゃ、間に合わない」

ならば、単独行動をとって、間に合うようにすればいい。

「それまでどこで時間を潰すか……」

その時、考えながら歩いていたためか、前方から人が来ている事に気付けず、勢いよくぶつかってしまった。

「わっ……!」
「す、すまない!大丈夫か?」

その相手は、雪の中に倒れ込んでしまったレイスに手を出しかけるが、目が見えないのだと知って肩を支えるようにして立ち上がらせた。

(今の声……!)

「少しぼーっとしていてな……怪我はなかったか?」
「い、や……大丈夫だ」
「そうか……お詫びと言っては何だが、私のやっている宿に来ないか?雪まみれで体が冷えてしまっているだろうし、温かいスープでも作ろう」

彼女はそう言ってレイスの手をとり、すたすたと歩き始めた。

「あ、あの……名前を聞いても……?」
「ああ、そういえば言っていなかったな。私はマリーだ。マリー=ビンセント」

(ああ、やっぱり……)

何の因果かかつての仲間にばったり出くわし、そのまま連れ回される事になるとは思わなかった。

(相変わらずマイペースというか。でもま、これで時間はつぶせるか)

そしてレイスがやってきたのは、アットホームな雰囲気の漂う宿屋。中に入ったとたん、食欲をそそるにおいが漂ってきた。

「ちょっと待っててくれ」

そう言ってレイスを椅子に座らせ、カチャカチャと何か準備を始めるマリー。
しばらくすると、温かいマグカップを渡された。

「ボルシチだ。体はあったまるし、味は私が保証するぞ」

どうにも断れない雰囲気だったので、レイスはいただきます、と口をつけた。
途端、口の中に広がる暖かさ。

「美味い、な……」
「そうか、それはよかった」

どうやら今の時間帯は客があまりいないようで、静かな空間に、パチパチと、火のはぜる音だけが聞こえていた。

「失礼だが、目が……?」
「ちょっと……事故で、ね」
「そうか……女の子が顔を隠さねばならんのはつらいだろうに……」
「ごふっ!」

思わずスープを吹き出しそうになった。

「げほっ、ごほっ……えーと、あのさ。大変言いにくいんだが……俺、男なんです」
「………」
「………」
「そ、そうだったのか!?すまない、てっきり……」
「別に構わなねーよ。よくある事だし」

そう言って笑うレイスの姿を見ながら、マリーは懐かしむような目をして、

「……昔、仲間がいたんだ」

そう話し始めた。

「旅をしている時に偶然出会って、そのまま大きな事件に巻き込まれて……知っているだろう?先の騒乱で散った、五人目の英雄を」
「シェイド、か」
「ああ。彼もよく女と間違われてな……私も最初に知った時は驚いたものだ。色々と世話になったんだが、残念というべきか、私は彼の最期に立ち会えなかった。夫を救ってくれた、命の恩人だというのに……彼が最も信頼していた友と戦っている事も知らず、のうのうと幸せに暮らしていたんだ……」

吐き出される声は、だんだんて苦痛を帯びてくる。

「彼の死を知ったのは、全てが終わった後だった。私たちにたくさんの物を残して、彼自身は何も残す事なく、消えてしまった……」

両手で目を押さえるようにして、さらに言葉を紡ぐ。

「スタンがな、言っていたよ。自分は幼い頃に母親をなくしたが、きっと生きていたらシェイドのような人だったんだろう、と。妙に納得したのを覚えている。口は悪いし、私よりも年は下だし、でも……」

言葉を切って少し俯き加減に見せた表情は、当時を懐古しての笑みと、憂い。

「いつでも守ってくれた手は、暖かかった」

ハイデルベルグの街に、時を告げる鐘が鳴り響く。
その音を合図に、レイスは椅子から立ち上がった。

「ああ、すまないな。初めて会う人にこんな湿っぽい話を……」
「何もできなかった、なんて思うことないさ」

レイスはそのまま宿屋の玄関へと向かう。そして、扉に手をかけ、マリーに向かってにっこりと微笑んだ。

「きっと彼は、あなた達が側にいた事で救われていた。だから……」

最後の方は小声で、マリーには聞こえなかった。ただ、呆然とその姿を見つめて、

パタン

扉が閉まった時になってようやく、その姿が見えない事に気付いた。慌てて外に出て、名を呼ぼうとして、

「……、っ……」

名前さえ聞いていなかった事を思い出す。
だが、とっさに頭に浮かんできたのは、プラチナブルーの髪を持つ、大切なかつての仲間の名前だった。



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