「おい、時間がないとはどういう意味だ!」

レイスと走る速度を合わせるようにして、ジューダスが問い掛ける。
船の揺れが一時的におさまったおかげで、レイスは一人でも走ることができるようだ。が、そのスピードはあまりに速すぎる。時々、曲がり角や階段あたりで壁を探るようなことはあるが、本当に視力を失った人間なのかと疑うほど動きに迷いがない。

「あの触手は囮だ。今までの船もあれに気を取られてる内にやられちまったらしい」
「なら、本体が……!」
「察しがよくて助かるよ」

角を曲がった時、前方から駆けてきた船員と危うくぶつかりそうになった。

「た、大変です!船底に、海の主が……!!」
「クソッ、間に合わなかったか……!」

レイスは怒りをぶつけるように壁を強く殴った。

「よ、よく分かんないけど、とりあえずその海の主ってのを倒そうよ!」
「……そうだな、行くぞ!」

だがカイル達は、船底の光景を見てようやくレイスの憤りの理由を知った。

「な、何なの!?これ……」

カイル達の目に映ったそれは、船底を突き破った巨大なフォルネウスの姿。今はフォルネウス自身が穴をふさいでいるが、船底には着々と海水が流れ込んできている。

「このままじゃ船がもたねえ。けど、奴を倒しても穴から水が……!」
「おい、レイスかリアラのどちらかが、晶術で穴を凍らせて塞ぐ事はできないのか?」

ジューダスは過去にシェイドがやった事を思い出し、一縷の望みをかけた。

「無理だ、穴がでか過ぎる。リアラどころか俺でも集中力がもたない」

レイス自身、最初にそれは考えた。
だが輸送船の時はせいぜい直径数十センチ程度の砲弾の跡だったが、今回はその何倍もの大きさである。
ソーディアンの補助があったあの時でさえレイスはフラフラになってしまったのだから、この大きさを塞ぐのはほぼ不可能に近い。

「モンスターごと凍らせちゃうとか?」
「それでも一時的にしかもたないわ。モンスターが少しでも暴れれば隙間から水が流れ込んでくるし、氷だって砕かれてしまうもの」
「じゃあ、ど、どうするんだよ!!」
「どうするもこうするも、まずはこれ以上船ぶっ壊される前に倒すんだよ!」

その声を合図に戦闘が始まった。
カイルとジューダスとレイスが、前に出てフォルネウスの攻撃を受け止め、後ろの二人が晶術を唱える。

「……ッ!今度は晶術は使わないのか」
「ここででかいのぶっ放したら、ヌシがどうこう以前に船ごと全員オダブツ。ノーコンで晶術使うくらいなら、直接叩いた方がマシだ」
「被弾覚悟で、か。迷惑な戦い方だな!」
「ああ?迷惑かけるけどいいか?って最初に聞いただろ!」
「ふ、二人ともケンカしてる場合じゃ……あれケンカしてる、んだよね?」

ジューダスの正論を看破することはできない分、有言実行あるのみと、レイスは襲いくる触手を食い止める。
迷惑だ、なんて言ったジューダスではあったが、レイスへと向かう攻撃を上手く止めているあたりが実に素直じゃない。とは、後方で晶術を唱えていたロニの感想である。
人数が増えたこともあり、触手は早々に片付いて残るは本体のみとなった。
だが敵を倒せば倒すほど、水の侵食はどんどん速くなっていく。

(やっぱり、リアラに力を使わせるしかないのか?)

自信を持たせるには良いチャンスだが、そのせいでリアラは倒れてしまう。他に打てる手はない。
レイスは自分の無力さが歯痒かった。

「きゃあっ!!」
「うわあっ!!」

一瞬の不意を突いて、フォルネウスのインブレイスエンドが全員を襲う。

「チッ……状況は!誰が動ける?!」
「直撃は免れたが……カイルとリアラがダウンしてる。俺も、まあまあ厳しいな。次に同じのきたら耐えられる気がしねぇ」
「僕はまだ動ける、が……気絶した二人を庇いながらでは保たないぞ!」

レイスは、カイルの真上まで迫っていたフォルネウスの頭の攻撃からギリギリのところで首根っこを掴んで引き寄せ、そのままロニの方へ放り投げる。

「お、おい!!」
「ちょっと預かってろ!ジューダスも下がれ、晶術の用意だけ頼む!」

ジューダスの気配が後ろに下がったのを確認して、レイスはフォルネウスとの距離を詰める。レーザーが腕を掠めるのも気にせず、敵の晶術を確実に妨害する。次に大きいのがきたら全滅コース一直線だ。
その前に、と自分も詠唱を開始。
間に合え!

「『リザレクション』!!」

船底全体に青い魔方陣が広がり、暖かい光が傷を癒していく。
そして同時に後衛の詠唱も完成した。

「……『アクアスパイク』!!」
「……『エアプレッシャー』!」

レイスの横を通り抜けていった水弾がモンスターをのけ反らせ、その間に完成した魔方陣から重力場が発生し、フォルネウスを押し潰す。

「まだだ、『シリングフォール』!!」

間を置かずに巨大な鉱石が襲いかかり、それがトドメとなったのかとうとうフォルネウスは動かなくなった。
そして、その巨体が船からずるりと滑り落ちていき、

「まずいぞ!もう沈み始めてる!!」

水の勢いは、より激しさを増して流れ込んでくる。

「乗客、クルー……全員甲板に連れて行くぞ。少しくらいなら時間が稼げるはずだ!」

レイスはそう言うと、傷は回復したものの、気絶から回復したばかりでボーッとしているカイルの腕を引いて、上へと上がって行った。ロニも後に続く。

「ど、どうすれば……」
「……なぜ力を使わない?」

ジューダスの呟くような声に、ハッと顔を上げるリアラ。

「お前の力なら、ここにいる人間を救うことができるはずだ」
「そんな、無理よ!今の私の力じゃ」
「おいお前ら、ちょっと急いだ方がいいぞ!」

ひょっこりと顔を覗かせたのはレイス。その話は一時中断となり、とにかく上へ上がる事に。
リアラは、ふとレイスの顔を見て考える。

(もし私に、レイスくらいの力があれば……)

「リアラ、どうした?」
「ご、ごめんなさい!何でもないの……」

その様子を見て、レイスはリアラの耳にそっと囁いた。

「もし力が必要なら言ってくれよ。俺にできる事なら手伝うからさ」
「………!」

だから、信じろ、と。


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