謎に満ちた英雄のはなし1
ストレイライズ大神殿にやって来たシェイドは運良く親切な神官に声をかけてもらえ、それから丸三日ほどかけてこの十八年間の歴史と、神の眼の騒乱における世間一般での知識、そしてフォルトゥナ神団についてを教えてもらった。
大半は、シェイド自身が知っているものと何ら変わらず。ただ一つ違ったのは、

「五人目の英雄?」
「ええ。シェイド・エンバースとおっしゃる方なのですが、その正体は何もかもが謎に包まれていまして。彼の私物はほとんど残っておらず、唯一、ハイデルベルグに彼が使っていたという弓が残されているだけなんだそうです」

若き神官は、少しばかり興奮状態で話し続ける。

「何でも記憶喪失だったところ、剣の腕を認められてセインガルドの客員剣士となり、以来鬼神と噂されるほどの強さを誇っていたのだとか。よほど卓越した剣さばきだったのでしょう。ですが先の騒乱でリオン・マグナスと相打ちになり、そのまま……」
「ふーん。その話って有名なのか?」
「歴史書や近代の書物に彼の名は残っていません。口伝で広まったようですね。どこまでが尾ひれの付いた話なのかはわかりませんが」
「たとえば?」
「時に父のように厳しく、時に母のように優しく、慈愛に溢れた瞳で見守ってくれる人であった、と」
「……あー……もういいや、うん、ありがとう」

恥ずかしいを通り過ぎてもはや薄ら寒い。
尾ひれどころか背びれに胸びれに水かきのついた腕や足がはえてついでに提灯までぶら下がっていそうな話の盛りっぷりである。

「お尋ねされたことはこれで全てお話しできたと思うのですが、まだ何かお聞きになりたいことはありますか?」
「もう十分だよ。忙しいのに三日も付き合わせて悪かったな」

シェイドがそう言うと、神官は人好きのする笑みを浮かべて首を横に振った。

「僕は下っ端ですからいつも雑用ばかりで。こうしてお役に立ててよかったです。また何かご用があれば、いつでも声をおかけ下さい。どうか、貴方にアタモニ神の加護がありますよう」
「アタモニって……あんたはフォルトゥナ神を信仰してるんじゃないのか?」
「いえ、僕の信じる神はアタモニ様だけです。レンズを捧げなければ救いの手を差し延べない神なんて……」

その時、何かがねじ曲がるような感覚が伝わり、シェイドはハッと振り返った。

「どうかしましたか?」
「いや……少し急用を思い出した。色々ありがとな」

シェイドは手短に別れの言葉を告げると、すぐさま階段を降りた。この三日でしっかりと頭に叩き込んだストレイライズ大神殿の建物内なら、多少は足早にでも歩きまわれるようになった。
そのまま外へと飛び出し、建物の壁伝いに大聖堂へと向かう。

(まるで空間がねじ曲げられるような……もし俺の勘が当たってるなら、急がないと間に合わない)

だが、無情にも駆け付けたシェイドの耳に届いたのは、少女の切羽詰まった悲鳴。

「フィリアさん……!!」

そして過去にも聞いた事のある、憎き男の声だった。

「弱い……弱すぎる。これがかつての英雄の姿とはな。全く、失望させてくれる……せめて、最期の断末魔ぐらいは楽しませて」
「やめろ!!」

突然の乱入者に、まさにフィリアへと下ろされようとしていた男の斧が寸でのところで止まった。
シェイドは咄嗟に自分の剣を抜き、殺気を漲らせている相手に斬りかかった。これだけ凶暴な気配なら、たとえ視認できなくとも間違えようがない。

「……くッ……貴様、まさか……!」

辛くもシェイドの剣を避けた男は、驚いたように目を瞠り動きを止めた。
同時に、どこか別の方向からも誰かの剣が振り下ろされる。洗練された動きではないが素早く、力強い。

「くらえっ!!」

未完成すぎる軽い剣は片手で弾き返されてしまう。
それでもシェイドの後に乱入してきた少年は、怯む事なく強い眼差しで男を見据えていた。

「何だ、貴様……?」
「よくもフィリアさんを……!次は俺が、未来の大英雄、カイル・デュナミスが相手だ!!」

カイルと名乗った少年の言葉に、男は馬鹿にしたような高笑いを響かせた。

「英雄だと?貴様のような虫ケラが英雄を名乗るとはな……死にたいのか?小僧!」

男がカイルに気を取られている隙に、シェイドはフィリアの気配を探った。目が見えないもどかしさに歯噛みしながら、途切れがちな呼吸と痛みに呻く声、そして血の臭いを辿っていく。

「あ、あの、貴方は……」
「フィリアは、そこにいるのか?怪我は?!」
「肩から背中に、ふ、深い傷が……血も、たくさん……っ」

少女の声を頼りに伸ばした手が触れたのは、失血から冷たくなったフィリアの指先。
手首に首筋、とにかく脈の触れられる箇所を探した。非常事態だ、異性にべたべたと触れられるのは許してほしい、と胸の内で懇願しながら。
腕、肩と辿って首筋を探し当てる。指先にぐっと力を入れれば、鼓動が確かに感じられた。だが幾分か弱く、危険な状態にある。
シェイドは、すぐさま回復晶術を唱えた。

「『キュア』!!君も晶術使えるんだろ。体力はなんとかもたせるから、傷を塞いでやってくれ」
「わ、わかったわ!」

少女は、言われた通りに自分も回復晶術を唱え始める。

「うわあっ!!」

カイルの悲鳴がシェイドの気を散らせた。加勢に行きたいがフィリアを放り出すわけにもいかない。
フィリアは助かる。
リアラ一人でも助けられる。
カイルは負けない。
そして、あいつが来る。
そうわかっている。だがわかっているからこそ油断はしたくなかった。知ってしまっていることからくる油断と怠慢が、シェイドの最大の後悔であり、弱点だ。

「つ、強い……」
「残念だったな、英雄になりそこねて。ハハハハハハッ!!」

運命を信じきって、一度は間違えた。
決して変えられないものだと思っていた。変えようともしなかったし、何があっても変わらないものだと思い込んでいた。
だが今のシェイドは知っている。運命は変えられるものだということを。変わってしまうものだということを。
フィリアが必ず助かるとは限らない。
リアラ一人じゃ間に合わないかもしれない。
カイルがここで命を落とすことだってある。
そして、あいつが本当にここへ来る保証は、ない。

「……っ、クソッ!!」

とうとう男の斧が振り下ろされる気配を感じた。シェイドはフィリアの元を離れ、再び剣の柄を握った。
そして飛ぶように駆け、両手に構えた剣で攻撃を受け止める。

「貴様、またしても邪魔をする気か!!」
「うっせーよ!邪魔してんのはお前の方だろーがっ!!」

その時、どこからかひゅんと飛んできた一本の刃が男の脇腹に刺さった。


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