「うん、傷んでるのは毛先の方ばっかりだね。これなら肩くらいの長さにすればいいわ」
「短くしてくれた方が楽でいいんだけど」
「いけませんよ。せっかくここまで伸ばしてるんだもの、大事にしなくっちゃ!」
「そ、そうか?じゃあ適当に任せるよ」

柔らかい手つきで髪を持ち上げ、シャキンシャキンとハサミを入れる音が聞こえた。随分と手馴れているように感じる。

「せっかく伸ばした髪を切っちゃうなんて、女の子にはもったいないからね」

彼女のその言葉にシェイドの表情がピシッと固まった。
これでもう何度目の訂正だろう。最近では諦めの境地に達し始めている。だが誤解は早めに解くべきだ。広まらないうちに、面倒にならないうちに。

「あー、のさ……俺、男なんだけど」

リズムよく音を立てていたハサミがぴたりと止まった。

「おおお、男の子だったのかい!?」
「そりゃあもうしょっちゅう間違われるけど、正真正銘、男」
「………」
「………」

その沈黙に何か嫌な予感がして、シェイドはふと思った疑問を口にした。

「あのさ、まさか選んだ服って、女物……?」

着替える時にスカートではないことは確認しているが、その色までは判別できない。
彼女に服を見繕ってもらったのは、色やデザインがシェイドでは知ることができないからだ。

「で、でも大丈夫だよ!似合ってるしさ!そんな女の子っぽい服を選んだわけでもないし」

やっぱり女物か、と大きく溜め息をついた。
怒るわけにはいかない。認めたくはないがこれはシェイドの落ち度だ。こんなことを懸念しておきたくはなかったが、自分の性別が間違えられやすいということを念頭に置いておくべきだった。だから彼女は悪くない。シェイドが悪いわけでもないが、あえて言うならシェイドの容姿に問題があっただけのこと。
一体どういう服を選ばれたのかという心配はあったが、せっかく選んでもらったものを今さら返品するのは忍びない。動きにくいわけでもないし、妙にひらひらふわふわしているわけでもないので許容範囲内だ。と自分自身を納得させた。

「ま、いっか。どうせ今までだって男物着てても間違われてたんだし」

髪を切ってもらい、いくらかさっぱりと軽くなった頭のおかげか気分はよかった。のんびりお茶を飲みながらアイグレッテの近況なんかを尋ねていると、一仕事終えて戻ってきたらしい男の声が聞こえた。
どうやら満足のいく出来らしい。それをこの目で確認できないのはとても残念であり、彼らに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「あんたが晶術を使えるって聞いたもんだから、これならちょっとは役に立つだろ?」

手渡されたものをそっと指先でなぞる。触れた箇所から頭の中に形を描いていけば、やがてそれはシェイドにも心当たりのある一つのアクセサリと繋がった。
思わず、「いやいやいや」と突き返してしまった。

「こんな貴重なものもらえねーよ?」

シェイドの予想が間違っていなければ、手渡されたこれはおそらく、普通のものよりいくらかサイズの小さいミスティシンボルだ。ベルセリウムという特殊な鉱石を用いているために量産が不可能で、店頭に並ぶことのない非売品。メタい言い方をすれば詠唱時間30%短縮が可能になる希少なアクセサリであり、現代では滅多にお目にかかることのできない代物である。

「いいから、もらっといてくれよ。ほら、トップにあんたのピアスもちゃんと付けてある。ここまで手を加えちゃあ、売り物にはならないだろ?」
「……ならせめて、代金だけは受け取ってくれ。厚意だけで受け取れる代物じゃない。こっちとしちゃ、売ってもらえるだけでもありがたいくらいだ」
「あんた見た目のわりに律儀というか、頑固というか」

どっちも引かないやりとりに終止符を打たせたのは、シェイドの髪を切ってくれた彼女だ。二人の間を行き来していたミスティシンボルをひょいと手に取り、シェイドの首にかけてしまった。

「いいんですよ。晶術の使えない私たちが持っていたって何の役にも立ちゃしないんですから」
「いや、でも」
「いいからほら、受け取っときなさいな!若い子が遠慮ばっかっり覚えるもんじゃありません!」

ぴしゃりと強く言われるともう、反論する術はなかった。やはり女性はここぞという時に強いものである。いや、男が弱いだけか。
ペンダントのトップ部分にそっと触れる。小さく丸い石はおそらく、シェイドのピアスとして使われていたあのアメジストなのだろう。この目で見ることができないのが、本当に残念で仕方なかった。

「ミスティシンボル自体を加工するのはちょっと難しくてね。チェーンに付ける飾りを増やす形にしたんだ。ピアスは元のままほとんど手を加えてないから、また耳に付けることもできるよ」
「そっか……うん、ありがとう。」

シェイドは、胸元のペンダントをそっと握り締めた。

「じゃあ、これはありがたく貰っとくとするよ。断る方が失礼、ってやつだもんな」

感謝の気持ちを表すように深々と頭を下げ、シェイドはその場を後にしようとした。が、「あ、ちょっと待っとくれ」とすぐさま引き止められた。

「余計なお世話かもしんないけどさ、レンズを寄付して、エルレイン様に目を治してもらったらどうだい?」
「……エルレイン」

それはこの世界に神の存在があると証明する言葉。
そして、かつてシェイドの大切な仲間だった四英雄の一人である彼が殺されている証であり、裏切り者と称されているであろう彼が、再び生を与えられている証。
そう思うと、胸のあたりが鈍く痛んだ。

「俺は、神様なんてよくわからないモンに縋るつもりはない」

ましてやこの目は、シェイドが犯してしまった許されざる罪に対する罰であり、また一つの誓いを立てた意志の表れでもある。
シェイドならわざわざ神頼みなんてしなくとも、強いエネルギーを持つレンズさえがあれば、十八年前のように傷を癒す事も可能だ。だが、シェイドは自分で自分が許せるようになるまでは、視力を取り戻すつもりはなかった。
そうやって簡単に視力を取り戻せる自分が恐ろしくもあり、たかだか受容器の一つ程度と苦悩もしなかった自分が嫌でたまらない。こんな自分を許せるものか。

「そうかい……悪かったね、お節介な事言っちまって」
「俺のこと心配してくれたんだろ。悪い気はしないさ」
「じゃあせめて、目を覆っておいた方がいい。何があったかは知らないけど、それ以上傷付いたりしないように、な?」

男性はそう言うと、シェイドの両目をぐるりと隠すように包帯を巻いてくれた。閉じた瞼の上から感じる圧迫感。相変わらず光も影もなく、シェイドの目に映る世界は真っ暗だった。

「本当に、何から何まで助かる」
「いいってことさ……じゃあ、気を付けて行くんだよ」
「またいつでも来てくれ」
「ありがとう」

シェイドは、今度こそ外へと出て行った。気分はまるで、親に見送られて旅立つ息子のようだ。ほんの少しだけ、くすぐったく感じた。

(さて、これからどうするか)

今がいつなのかがはっきりしない以上、彼らがどこにいるのか、もう旅を始めているのかどうかさえ分からない。ましてやシェイドは、カイルがクレスタを発ったのが、もしくは発つのがいつなのかさえ知らない。
流れは知っていても曖昧な情報。体感として把握できない時の流れ。知識と経験から推測できる部分というのにも限りがあった。

「神殿の資料館にでも行ってみるか」

たとえ本が読めなくても、神殿の神官からある程度の話が聞ければいい。そう思って、シェイドは歩き始めた。


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