道中それほどモンスターと遭遇することもなく、シェイドは同行者の女性に手を引いてもらいながら、ゆっくりとした歩調で無事アイグレッテへと辿り着いた。

「あの、服の代金」
「いいんですよ。ここまで連れて来てもらったお礼なんだから」

服も選んでもらったのはいいのだが彼女はお金を受け取ろうとしない。
そればかりか、シェイドにまだなにか必要なものはないかと聞いてくる始末。

「本当にもう十分だよ。道中世話になったのは俺も同じなんだから」

そう言いながら髪を耳にかけた時、指先に冷たい、硬質なものが触れた。ずっと耳に付けていたピアスだ。
耳元に触れたまま、ほんの少し顔を俯ける。ついつい過去に思いを巡らせそうになるのを、無理矢理これから先の未来へと捻じ曲げていく。終わってしまったことを悔いても無駄だ。特に今は、一分一秒が惜しい。

これから先、避けては通れないものがある。避けるつもりなんて毛頭なく、むしろ接触する気は満々だ。ただし過剰な介入はしないと心に決めていた。
神の眼の騒乱から十八年。
もう一つ、誰にも知られずひっそりと始まり、誰にも知られないままひっそりと終わる一つの物語がある。
その物語が今にも始まろうとしていた。いや、もうすでに始まっているのかもしれない。
カイルとリアラの旅だ。
二人が出会い、二人がわかれ、そして二人で生きるための物語。
そこに関わる一人の少年がいる。
骨の仮面に何もかもを隠して、黙して、自分がかつて選べなかった未来へとカイルたちを導くために、共に行くだろう彼が。

(バレるわけにはいかない、よな)

おそらく死んだと思われているはずだ。お互いに、あの時死んだことになっている。
リオン・マグナスも、シェイド・エンバースも。あの洞窟でその生涯を終えたのだ。
だからここにいるのはシェイドの姿をしたただの亡霊でしかない。そうありたかった。
かつてのシェイドを知る者たちの中のシェイドという人物像を壊したくない。知られたくない。
十八年経っても姿一つ変わらず、胸を貫かれても海に沈んでも傷一つなくここにいる。それがシェイドであるとは絶対に、知られたくなかった。

「じゃあさ、装飾品を扱う店を知らないか?このピアス、ペンダントか何かに作り直したいんだけど」
「それならウチの店にいらしてくださいな。私の旦那がその手の仕事をしてますから、アクセサリの一つくらいお安いご用ですよ」

そのまま今度は彼女の夫の店へと連れて行かれることに。アイグレッテの街中に店を持っているあたり、なかなか腕のいい職人なのだろう。
出会った経緯、アイグレッテまでの道中をざっと説明するとこちらからもまた感謝の言葉をもらい、アクセサリの件は快く引き受けてもらえた。

「急ぎでないなら、とっておきを作ってやるけど」
「しばらくは滞在するつもりだけど、いつ発つかわからなくてさ。できたらすぐに用意してもらえると助かる」
「在庫のモンを使うことになるが……」
「構わない。これを失くしたくないだけだし」

シェイドは外したピアスを手のひらに乗せて、おどけたように肩を竦めた。

「よし、任せとけ。すぐに用意するから少し待ってな」

男の快活とした声はなかなか気持ちが良い。こんなにも良くしてもらっているというのに、この夫婦がどんな顔をしているかがわからないのは本当に残念だ。視力くらいなんでもないと判断した、つい数時間前の自分をぶん殴りたいところである。
そして、アクセサリができあがるまで女性と二人で時間を潰す事になった。

「あら、髪が傷んじゃってるわね」

ふと、髪に触れられる気配。
シェイドも指で梳いてみたが、傷んだ感触とやらは今一つピンとこなかった。少し毛先がひっかかるような気もしたが昔からこうだった気もする。意識したことなんてなかったので判断がつかない。
だが、洞窟での戦いで血塗れ埃塗れのまま海に流され、森の中で十八年も放っておけば傷んでもおかしくはないだろう。

「よかったら、切ってもらえないかな」
「このくらいなら、きちんと手入れすれば綺麗になると思うよ?」
「旅暮らしで野宿も多いからなぁ。こだわりがあって伸ばしてたわけでもないし、いい機会だからばっさりいっちゃおうかなと」
「うーん……でも、もったいないねぇ。ファンダリアの王様にだって負けないくらいの綺麗な白銀なのに」
「え?」

思わずあがった戸惑いの声は、幸運にも彼女に聞かれずに済んだようだった。
ファンダリアの王様、というとやはりウッドロウのことだろう。雪焼けした色の濃い肌によく映えるあの髪の色はよく覚えている。
だがシェイドの髪はたしか青みがかった色だったはず。間違っても白銀ではなかった。
考えてみたところで原因はわからないし、原因になるものを挙げれば数えきれないほど大量にあるといえばある。だがどれも推測にすぎないし、原因がわかったところで対処するつもりもなかった。
色が変わったというのならちょうどいい。シェイド・エンバースの特徴であった髪の色を失ったのだと思えば、これから先の旅路では色々と有利に働く。
だが同時に、シェイド・エンバースであった頃の自分を一つ失ってしまったことに、大きな喪失感を覚えてもいた。
遠ざかる自分。
届かない過去。
失ったのは髪の色ではなく、あの青い髪を知る者たちとの絆であり、思い出だ。
知られたくない、気付かれたくないと思っているくせに、もう気付いてはもらえないことにショックを受けているらしい矛盾。
シェイドは自嘲するように口元を歪めた。

「なら、傷んでるところだけ切りましょう。こっちにおいで」

髪を切れば、この気持ちも多少はさっぱりさせることができるだろうか。
制御しきれない感情に翻弄されている今の自分がとても煩わしく、だがとても興味深くも感じた。


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