あしながおじさん1
ノイシュタットへと向かう船の中。ハッキリ言おう……まったく会話がなかった。
そこはかとなく雰囲気が悪い。ものすごく息苦しい。
原因は分かってるんだけど、解決法が分からない。だってこう見えて、知識は豊富でも人生経験は浅いもんですから。
というわけで、俺は一人船室を出る事にした。だって、俺がいるせいで会話がないようなもんだからな。

「うーん、憎たらしいくらいに快晴」

外は、青空が広がっていた。チェリクからも結構離れたから、気候も心地よい。

「どうしたらいいもんか……」

俺が謝るべきなのか?
でも何について?
今回の判断は間違ってるとは思わない。ああしなくちゃ生きていけないんだ。

「こんなところが、人間から遠いんだろうなぁ」

思わずつぶやく。と、船室から誰かが出て来たようだ。

「お、ルーティ」
「なーに辛気臭いカオしてんのよ。アンタらしくない」

結構普段どおりに話しかけてくれてる。ルーティは割り切れるタイプのようだ。

「悪いな、俺のせいで雰囲気悪くなっちまって」
「別にアンタのせいじゃないでしょ。いつまでもグズグズしてるあの二人が悪いのよ」

ルーティさん男前。

「でも、俺があんな事言っちまったから」

そう、スタンもフィリアも、あの人だったモンスターを倒さなきゃいけなかった事は、もう分かってるんだ。

「身を守るためには殺さなきゃいけないんだ。いちいち傷ついていられない……これは俺の本心だ」

きっと、二人はこの考え方が納得できないんだ。無理に理解してもらおうなんて思ってないのに。失敗したな……言うんじゃなかった。
ルーティも黙り込んじまったし。

「冷たい奴だと思ってくれて結構だけど?」

だからあえて、冷たい笑みを浮かべてそう言ってやる。
離れるなら、離れて行けばいい。

「……半年程前にね、ある孤児院に大量の寄付金が贈られてきたの」

唐突にそんなことを言われたから、柄にもなくびっくりして、間の抜けた顔をしてしまった。
だけどルーティはそんな俺に構う事なく話を続ける。

「匿名だったから、お金を持ってきてくれた人に誰からの物なのか問い詰めたんだけど、結局口を割らなかったらしいの。でもね、それ以来毎月お金が贈られてくるのよ。それでどうしても気になったから……ちょっと言いたくなるようにしてみたんだって。そしたら、誰の名前が出て来たと思う?」

ていうかルーティさん……その人に何しちゃってくれたんですか?

「さぁ、誰だろうな」
「アンタ、まだしらばっくれるつもり?」

だって、俺に言わせるの酷だろ。イジメ返しか?

「ねぇ、『シェイド=エンバース』さん。やっぱりアタシのことも分かってたのね。最初見た時は、こんなガキだと思わなかったから気付かなかったわ。……で、なんで見ず知らずの客員剣士様が、あんなことしてくれたのよ?」

とっくの昔にバレてたのか。
俺はこの世界に来てから、特に口が堅いと思った城の兵士に頼んで、毎月お金をクレスタの孤児院まで持って行ってもらってた。(もちろん鎧は脱いでもらってた。一発でバレるからな)
最初の一回は、俺が元々持ち合わせていた宝石類を売ったものを、客員剣士としての初任給と一緒に送った。(その宝石類も天地戦争時代から持って来ていた物だったから、かなりの額になったし)
その後は、俺の給料の半分を送り続けた。なんせ、イスアード様をはじめ、七将軍の方々や、果ては国王までが俺に色々くれるから、せっかくあっても金の使い道がなかったし。

「ルーティ達が頑張ってたからな。俺はたまたま高給取りで、でも生きてくのにそんなに金を必要としなかったから、あるべき所に回しただけだ」
「それでどうしてウチの孤児院なのよ。他にもお金に困ってるところはあるじゃない」

うっ、イタイ所をつかれたな……。

「俺の大切な奴の、大切な奴がそこにいたから、かな?」
「何かフクザツねぇ……アンタの恋人かなんか?」
「いや、ただの友達。これ以上はあんまり聞かないでくれると助かるんだけど」
「えー!だって、ウチの孤児院にいる子なんでしょ?気になるじゃない」
『ルーティ、人には聞かれたくない事の一つや二つあるものよ。あなたがスタン達に孤児院の事を言わないように、ね』
「う……わ、分かったわよ」

サンキュー、アトワイト!助かった!!

「でも、これだけは覚えときなさいよ。あたしは、そんな風に他人の事を思いやってくれる人間が、たとえモンスターでも、人だった物を殺すのに何とも思わないはずはないと思ってる……それが言いたかっただけだから!」

そう言って、さっさと船室へ戻ってしまった。
もしかしてこれ、励ましにきてくれたのか?

「俺、傷ついていたのか……」


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